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2006年10月23日 (月)

どう捉えるか

しゅう兄さんの臨床心理士的生活- 「いじめ」について-

しゅうさんに同意します。

「昔のいじめは今のように陰湿じゃなかった」から、いじめそのものが問題ではなくて、「いじめの内容が問題」というやつ。

たまに、こういう意見を見聞きする事があります(日本のいじめは陰湿だ、という意見もあります)。しゅうさんが仰っている様に、行為を正当化する、という面があるのではないかと思います。これこれをしたら陰湿で、これくらいならそうでは無い、等とは、絶対に言えません。いじめの形態が変わった、つまり、より手口が複雑・巧妙になった、という事はあり得るかも知れません(実際、増えているかは判りません。そういうケースが大々的に報道されるのが増えた、という事かも)。それを、「陰湿」としているのかも知れませんが、そんな事は、いじめられる側にとっては、関係の無い事です。

あとですね、専門家の人達がよく言うのは、「教師の指導力不足」だったり、「保護者の問題」とやらだったりですかね?

いじめというのは、顕在化し易いものと、そうではないものがあります。又、いじめる側の周到な策によって、強力に隠蔽される事もあります。「教師の指導力不足」というのは、そういう場合もある、というくらいで押さえておくべきしょうね。前にも書きましたが、「いじめられる」側が隠蔽する(いじめる側に促される――つまり「脅される」。家族に心配・迷惑を掛けたくない、等)、というケースすらあり得るのですから(教師の指導に意味は無いのか、と言われるかも知れませんが、そうではありません)。

すぐに休ませるという話がちっとも出てこないのは何でなんでしょうね。

これは、本当にそうだと思います。いじめの現場から離れる事を、もっと許容しても良いと考えます。学校には行かなくてはいけない、しかし学校ではいじめがある、等というのは、途轍もないストレスが掛かる、葛藤状況でしょう。

「いじめっ子といじめられっ子を仲直りさせる」とかいう指導であったり(仲直りって別にケンカしてるんじゃないんだからねえ…)、そこまでじゃなくても、「いじめっ子にはいじめない事を約束させて謝罪させて、いじめられっ子を励まして登校を続けさせる」とか

形だけでも解決した様にしたい、という場合、こういう方向になるのかも知れません。いじめを単純に考えているのでしょうね。

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