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2006年10月31日 (火)

仮説とも言えない説

  • 漫画やゲーム等のサブカルチャーが普及する事によって、それに触れる人の内省的・反省的思考が促される(即ち内向的になる)。
  • その事により、社会規範等に対する意識も高まり、情動に任せて暴力的行動を起こす(最も典型的な意味での「キレる」。認知的過程を飛ばして、行動に到る)、というケースが少なくなる。
  • よって、凶悪犯罪・少年犯罪が減る。
  • 他方、規範意識が余りに強いために、ストレスを内部に溜め込み、それが爆発してしまう様な事例も現れる(つまり、溜めに溜めて、耐え切れなくなる、という意味での「キレる」。そこには、複雑な認知過程が介在する。その認知過程が、「心の闇」と表現される)。又、漫画やゲーム等(のストーリー。或いは、キャラクターの持つ思想)に「影響されて(共感して)」事件を起こす、というケースも現れる(或いは、その様に見受けられる)。この様な場合は、事件のインパクトが大きく、マスメディアによって大々的に報道される為に、社会に、この様な事件が「増えた」という印象を与える。実数として増えていなくとも、印象が強い為に、実際とは異なった認識を持つ、という事。そして、事実では無いにも拘らず、「○○の影響」と報道される場合もある。それによって、「凶悪犯罪・少年犯罪が増えた」という印象が、益々強化される。

実証的根拠も何も無い、思弁的・妄想的仮説です。とは言え、「凶悪犯罪・少年犯罪は激増などしていない」という、とてもはっきりとした実証的根拠は基にしています。「ゲーム脳」や『脳内汚染』よりは妥当じゃないかな、とは思います。前提が違いますしね。凄まじく大雑把なまとめ方ではありますが(ツッコミ所は満載ですが、書いた人もよく判っていますので…。総体的にはそういった傾向があるかも知れない、程度の主張です)。

上にも書いた様に、暴力行為に到るには、情動に任せてやってしまう、という場合と、複雑な認知過程を経て、行為に及ぶ、という場合があると思いますが、報道は、どちらにも、「キレる」と評価する事が多い様に思います。で、いかにも動機が複雑で、対象が、家族等の近親者だった場合、又、行為が社会的に残虐であると看做される場合、「心の闇」という表現が用いられる様です。

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