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2006年9月26日 (火)

難しい話

血液型性格判断を信じている人に対して、それが科学的には根拠薄弱である事を、どう説明するか、という問題がありますね。※信じている人を説得して回る、という事では無くて、たまたまそういう議論になったりした場合、どう話を持っていくか、というケースです。

数年前、友人と話していて、この話題が出た事があるのですが、私はその際、「そんなの無いよ」と言ってしまいました。でもこれは、かなり頂けませんね。そうでは無くて、もっと丁寧に説明をすべきでした。しかし、この、「丁寧に」が難しい。FBI効果の話をするか、肯定論者のデータの曖昧さを説明するか。相関関係と因果関係の違いを話すか、社会心理学的な自己成就の概念を教えるか、等々。心理学的には、肯定論者に対して、様々な反証が挙げられている訳ですが、その事を説明したとしても、「直感的」に信じている人が、すんなり受け容れるという事は少ないでしょう。実際私も、以前は、「直感的」に、「そんなものは無い」と考えていた訳ですから。そういう人(直感的に信じている人)に対して、「そんなの信憑性無いよ」とか、「血液型と性格には何の関係も無いよ」(この発言は、そもそも科学的に間違いです。強い関連が見出されない事は、「関係が無い」を意味しません)とか、そんな説明をしても、逆効果でしょう。ものを解らせてあげよう、という感じを与えてしまう場合もあるでしょうね。

これは、血液型性格判断に限らず、「ゲーム脳」等の、他のニセ科学的言説全般に言える事ですね。又、あるニセ科学に懐疑的であっても、他の同様の言説に対しても、そうであるとは限りません。「ゲーム脳」は荒唐無稽だと思っても、血液型性格判断は信じている、という事もあります。

なかなか悩ましいですね。

個人的な話。私は、他人に対する行動は、その時の状況によって、様々に変わるのが当たり前だ、という認識を持っていました。又、血液型を聞かれて、それに答えると、ほぼ、「そうは見えない」と言われました(笑) こういう経験から、性格と血液型に、そんな強い関連は無いだろう、と思っていました。遅くとも、高校生の頃にはそういう認識でしたね。今思うと、かなり前から、状況論的なものの考え方をしていたのでしょうね。ですから、「○○型は○○な性格だ」という話を聞いても、意味が良く解りませんでした。「自分はそうでは無いけど、それはどう説明するんだろう。もし血液型から性格が、高い精度で判らないなら、あんまり意味無いんじゃない?」という感じです。で、まあ、どうせ強く信じているのでは無いだろう、と考えていたのですが、どうもそうでは無いらしい。かなり強く信じている人もいて、それが、「ニセ科学」に関する論争の文脈で語られている事を知ったのは、比較的最近です。それまで、別に遊びでそういう話をする分には良いんじゃないか、と思っていたのですが、それは違っていた様です。(そもそもは、「ゲーム脳」について調べたのがきっかけだったと思います)それから、「ニセ科学」という概念に関心を持った訳です。

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