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2006年9月 5日 (火)

ちょっとメモ

何となく考えている事を書きますので、ツッコミ所があるかも知れませんが(笑)

ゲームで長時間遊ぶ子どもは、人付き合いが苦手、という説、ありますよね(asahi.com:朝日新聞関西ニュース:朝日わくわくネットとか。この調査については、壱眞さんの、御鏡壱眞右往左往:「元法務教官が中学生調査」に思う が参考になります)。でも、これって、ゲームをやるから、というより、単に、「他人とコミュニケーションを取る時間が少ないから」、だと思うのです。ゲームを長時間やる、という事と、人と接する時間が少ない、というのは、時間の配分の問題ですから、関係があるのは当たり前です。元々ゲームは、一人でも出来る様に作られているものが多いのですから。

コミュニケーションが苦手(どう苦手なのかも、考えなければならないと思います。クラスで爪弾きされている可能性もあります)な子どもが、ゲームを好む様になるのかも知れませんしね(確か、坂元章氏が、言及なさっていたと思います)。

どういうゲームをやっているか、という事も、考える必要があると思います。パーティゲームを、多人数でわいわい言いながらやるのと、RPG等をじっくりやるのとでは、全然違いますし。

例えば、読書時間との関係とか、(学校の)勉強時間との関係とか、ゲームと較べて明らかに異なるのか、疑問です。そういう研究はあるのでしょうか。

一般化して、一人でいる時間の長さと、人付き合いについての関係を、調べれば良いと思います。そういう研究は、既にあるでしょうけれど。

「無い」事を批難する人って、いますよね。例えば、「ゲームは一人で部屋に篭ってやるものだから(つまり、他人数で協力しあう事が”無い”から。←この理解自体、一面的ですが)、コミュニケーション能力が育たない」とか。そういう論理だと、あらゆる文化を批難する事が出来ます。勉強は筋力が鍛えられないから駄目だ、とか、筋力トレーニングでは計算力が鍛えられないから駄目だ、とか。変な事を書いていますけれど、この手の批難をする人は、結構いると思います。そういう人は、自分が好ましく思っている文化が、いかに「役立っているか」を力説したりします。

そもそも、「人付き合いが苦手」って、どういう概念でしょうね。

一部の人は、「ゲームは、人付き合いを苦手にさせる効果がある」と考えてしまうのでしょうね。その極論の一つが、「ゲーム脳」なのでしょう。でも、それは、ちょっと単純に過ぎるのではないかと思うのです。他に色々の要因があるかも知れないのに、ある特定の文化が原因と決め付けて、それから遠ざければ問題は解決の方へ向かう、というのは、悪い意味で、とても楽観的ではないでしょうか。(これは何度か書いていますけれど)その様な短絡的な、原因―現象の図式を作ってしまえば、それ以上考える必要が無いから、楽なのでしょうね、しかしそれは、思考停止(或いは放棄)だと考えます。

例えば、ゲームは良くない、と考えて、子どもから取り上げたら、どんな事になるでしょうね。頭ごなしに、ゲームをしている子どもを叱りつけたらどうなるでしょうね(すみません、ちょっと飛躍してますね)。それ、養育者が、コミュニケーションを放棄しているのではないかと思います。

かなり支離滅裂ですが、いつもの事なので、ご容赦下さい(笑)

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「ゲーム論」カテゴリの記事

コメント

この調査の「詳細が載っている」という『いまどき中学生白書』を読みましたけど、この調査は、調査としての信頼性が低いと思いました。
調査地点からして偏っていますし、そもそも「ゲームをしない子供」「長時間する子供」がそれぞれどのくらいいるのかも書かれていませんし。

http://takoyaki-tako-tako.de-blog.jp/takotako/2006/02/post_2c67.html

こちらの批判が詳しいかと思います。

「親が良かれと思ってしていることが、子のコミュニケーション能力の成長を妨げることがある」という指摘からも、魚住氏が妨げるもの、と捉えていることが伺えますね。一応、「排除すれば~」というコメントで、森昭雄氏辺りよりはマトモな印象を受けますが。
この調査ですと、携帯電話やネットを使う人は、というのも調べているんですが、それらって「コミュニケーション」じゃないんでしょうかね?

投稿: SST | 2006年9月 5日 (火) 09:14

SSTさん、今日は。

魚住氏の本は、地元の図書館にあるので、借りて読んでみようかと思っています(まだ読んでいないのか、と言われそうですが)。

 >「親が良かれと思ってしていることが、子の
 >コミュニケーション能力の成長を妨げること
 >がある」という指摘からも、魚住氏が妨げる
 >もの、と捉えていることが伺えますね。
多分、そうでしょうね。ゲームを通じてコミュニケーションする、等といった発想は、お持ちでないのかも知れません。一応、「ことがある」と、慎重な言い方はなさっていますけれど。

本文でも触れましたが、私は、坂元章氏の見解が、妥当であると思います。参照:http://www.hss.ocha.ac.jp/psych/socpsy/akira/media/tvg3.htm

投稿: TAKESAN | 2006年9月 5日 (火) 12:40

私の拙い書き飛ばしをご紹介いただき、ありがとう御座いました。
遅まきながら御礼申し上げます。

投稿: 壱眞 | 2006年9月 8日 (金) 06:42

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