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2006年9月に作成された記事

2006年9月30日 (土)

電子メディアと発達

メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響 Book メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響

販売元:学文社
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電子メディアが発達に与える影響、を考察する本として、お勧めの一冊です。現在再読中。

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「暴歩族」?

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <徒歩暴走族>バイクに乗れない“冬季限定”で出現 札幌

「徒歩暴走族」って、語義矛盾じゃないですか…。

しかし、迷惑な人達ですね。

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2006年9月29日 (金)

指導って…

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 学生の茶髪とピアス、やめれば現金1万・続ければ懲戒

こっ、これはっ!! 中学の校則かっ!?

褒賞金って…。それ欲しさに、一旦染めて、指導されたら改善する、とか、起こりそうな予感←考え過ぎ? 髪を染めていない人は、そんな事はしないのかな。

そもそも、そのお金、どこから出すんですかね。※他の記事もありました⇒学生の茶髪とピアス、やめれば現金1万・続ければ懲戒 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 成る程、素晴らしい持論ですね。

教員の方も、大変ですね。

おまけ⇒池上公介の教育論 過去の記事一覧

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ビクター、薄型リアプロテレビを実現する新光学エンジン

リアプロって、実物見た事ないんですよねえ。近くの店を何軒か回ったのですが、カタログすらありませんでした。価格はかなり安いですよね。大分薄くもなってきてるみたいです。画面はどんな感じなんでしょうね。

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必修

ロテ職人の臨床心理学的Blog: 新文科相グッジョブ経由⇒痛いニュース(ノ∀`):「美しい日本語話せないのに、外国語やっても仕方ない」「小学英語、必修不要」…伊吹文科相

「美しい」というのは、まあ、あれですね。「正確な」(これも微妙ですが)とか言った方が良いのではないですかね。

小学校で英語を必修にして、どの程度の効果があるのか、という事でしょうね。将来、英語の論文を読んだり、ビジネスで役立てる等の素地になる程の効果は得られないのではないかな、というのが、個人的な考えです。そもそも、小学生が、どの様な動機付けで以って、英語を勉強しよう、と思うのでしょうね。ちょっと想像しにくいです。こういうのは、英語しか話せない人と話したいから、とか、英語で書かれた文章(好きな歌の、英語で書かれた歌詞、とか、英語の論文とか)をどうしても読みたいから、等の動機があるからこそ、「やろう」と思うものではないのかな、と思います。

大体、知識は、日頃使わないと、どんどん忘れるものですから、そういう意味でも、なかなか難しい気がします。語学など、特にそうなのではないかなあ…。単語をある程度憶えておけば、後で必要になった場合に、学習がやり易くなる、というメリットはあるでしょうけれど。

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2006年9月28日 (木)

書く

最近、備忘録(つい最近まで、「ぼうびろく」だと思っていました)を手書きする事が、あまりありません。

頭にあるものを出力するのに、手書きでは遅すぎるので、歯痒くなってしまいます。ワープロでないと、駄目ですね。確か、森博嗣氏が、同じ様な事を仰っていたと思いますが、正にその通り、という実感。書き直しも簡単ですしね。

ただ、欠点としては、ディスプレイを注視するので、目が疲れる、というのはありますね。

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見事

森博嗣さんの、MORI LOG ACADEMY: 新語辞書

うう、流石…。

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2006年9月27日 (水)

10周年

ゲイムマンのブログ:砧公園秘密基地: 有野さん以外全部沈没 [ITmedia +D Blog]

やっぱり、こういう企画には、浜村さん辺りが妥当でしょうか。

しかし、

有野さんがスーパーマリオをプレーしたときも、最後のポールにつかまる際、明らかな失敗ジャンプだったにもかかわらず、「わー400点、すごーい」だって。

400点って、思いっきり下の方じゃないですか(笑) でも、司会者の方を責めるのも酷な気が。人選した人のミスでしょうね。

ここ10年間のゲームソフトベスト5ですか…。そんなの、絞れませんよねえ(笑) 一体、何本プレイしたことか。それに、ジャンルの異なるソフトでは、比較するのが難しいですしね。因みに、有野さんが選ばれたのは次の通り(初めての東京ゲームショウ体験記--よゐこ有野さんが選んだゲーム・ベスト5は? / デジタルARENAより引用)。

第5位:『バイオハザード』
「僕は1回では飽き足らず、2、3回くらいクリアしてます。タイムアタックモードがあるのでやり込めるし。さらに、出川哲郎がこのゲームを知っているくらい、認知度も高いしね」。品田編集長も「これは映画化され、世界でヒットしましたね」と補足。

第4位:『パラッパラッパー』
「これはゲーム畑じゃなく、音楽畑の人が作った点で画期的。ゲームクリエイターは悔しがったと思いますよ」。とは言うものの、有野さんはニワトリのところで挫折、クリアしていないらしい。

第3位:『シーマン』
「会話ができるゲームのさきがけ。キャラクターも、きもかわいいの走りじゃないかな」。『シーマン』の最後がどうなるかも説明してくれました。プレーすらしたことがないので、エンディングを聞くと、逆にやってみたくなっちゃいました。

第2位:『バーチャファイター』
「平面移動するゲームじゃなくて、これは奥行きがあって、3Dで登場したんですよ。衝撃でしたね」。

注目の第1位は、『スーパーマリオブラザーズ』!
「やっぱり、よくできていますね」。

『バーチャファイター』を観た時の衝撃は、今でも憶えていますね。ボウリング場のゲームコーナーで、大画面で。ああ、懐かしい。1位のボケに気付かれなかった有野さんが可哀相…。

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頭痛

ABO FAN Home Page/Matsuoka

えっと、どなたか、ABO FAN氏が一体、何を仰りたいのか、要約して下さいませんか。

いや、これは皮肉とかでは無く、本当に、殆ど意味が解らないのです。一応、「こういう事が言いたいのかな」というのは、考えてはいますが。

因みに、ABO FAN氏は、恣意的(わざとかどうかは判りません)に文章を引用なさる場合があるようです(誤読、あるいは…をご参照下さい)ので、ご注意を。

コメントを頂けると有り難いです…。

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2006年9月26日 (火)

難しい話

血液型性格判断を信じている人に対して、それが科学的には根拠薄弱である事を、どう説明するか、という問題がありますね。※信じている人を説得して回る、という事では無くて、たまたまそういう議論になったりした場合、どう話を持っていくか、というケースです。

数年前、友人と話していて、この話題が出た事があるのですが、私はその際、「そんなの無いよ」と言ってしまいました。でもこれは、かなり頂けませんね。そうでは無くて、もっと丁寧に説明をすべきでした。しかし、この、「丁寧に」が難しい。FBI効果の話をするか、肯定論者のデータの曖昧さを説明するか。相関関係と因果関係の違いを話すか、社会心理学的な自己成就の概念を教えるか、等々。心理学的には、肯定論者に対して、様々な反証が挙げられている訳ですが、その事を説明したとしても、「直感的」に信じている人が、すんなり受け容れるという事は少ないでしょう。実際私も、以前は、「直感的」に、「そんなものは無い」と考えていた訳ですから。そういう人(直感的に信じている人)に対して、「そんなの信憑性無いよ」とか、「血液型と性格には何の関係も無いよ」(この発言は、そもそも科学的に間違いです。強い関連が見出されない事は、「関係が無い」を意味しません)とか、そんな説明をしても、逆効果でしょう。ものを解らせてあげよう、という感じを与えてしまう場合もあるでしょうね。

これは、血液型性格判断に限らず、「ゲーム脳」等の、他のニセ科学的言説全般に言える事ですね。又、あるニセ科学に懐疑的であっても、他の同様の言説に対しても、そうであるとは限りません。「ゲーム脳」は荒唐無稽だと思っても、血液型性格判断は信じている、という事もあります。

なかなか悩ましいですね。

個人的な話。私は、他人に対する行動は、その時の状況によって、様々に変わるのが当たり前だ、という認識を持っていました。又、血液型を聞かれて、それに答えると、ほぼ、「そうは見えない」と言われました(笑) こういう経験から、性格と血液型に、そんな強い関連は無いだろう、と思っていました。遅くとも、高校生の頃にはそういう認識でしたね。今思うと、かなり前から、状況論的なものの考え方をしていたのでしょうね。ですから、「○○型は○○な性格だ」という話を聞いても、意味が良く解りませんでした。「自分はそうでは無いけど、それはどう説明するんだろう。もし血液型から性格が、高い精度で判らないなら、あんまり意味無いんじゃない?」という感じです。で、まあ、どうせ強く信じているのでは無いだろう、と考えていたのですが、どうもそうでは無いらしい。かなり強く信じている人もいて、それが、「ニセ科学」に関する論争の文脈で語られている事を知ったのは、比較的最近です。それまで、別に遊びでそういう話をする分には良いんじゃないか、と思っていたのですが、それは違っていた様です。(そもそもは、「ゲーム脳」について調べたのがきっかけだったと思います)それから、「ニセ科学」という概念に関心を持った訳です。

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2006年9月25日 (月)

メモ:寝屋川調査

WEBで色々調べてみましたが、調査の具体的な内容については、知る事が出来ませんでした。これでは、調査が妥当であるかを検討するのが難しいですね。勿論、魚住氏の著作から、調査の仕方に問題があるのではないか、と指摘する事は出来ますが、どこがどの様に妥当で、又、どこがどうおかしいかを詳しく論評するには、情報が少なすぎます。本来、この様な場合は、信頼性を欠く、として、見向きもされないはずですが、寝屋川調査においては、数千人規模で調査が行われたという事と、電子メディアが少なからぬ悪影響を及ぼすという結果が出た(と調査者が主張している)、という情報が独り歩きしてしまっている様です(『脳内汚染』の影響も大きいかも知れません)。

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M78

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - ウルトラマン勝手に増殖? 著作権めぐり中国で裁判

ウルトラマンが、どの位いるのか調べてみました。…こんなにいるのか!⇒ウルトラマン一覧 - Wikipedia

どうでも良いですが、『帰ってきたウルトラマン』の主題歌は名曲ですね。

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大会

森昭雄氏が理事長を務める、日本行動健康科学会の大会が、10月に開かれる様です⇒日本行動健康科学会:program

森氏が、現在どの様な考えをお持ちであるか、興味のある所です。シンポジウムの内容を見れば、推して知るべし、という感じもしますが。

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2006年9月24日 (日)

答えましょう

uumin3の日記:素朴な質問経由で⇒人力検索はてな -  中学生の質問に、ひとこと(約31字)づつ答えてください。

以下、質問を引用します。

1.国語 なぜ文法や敬語が必要なの? 
2.社会 なぜ多数決が民主的なの? 
3.数学 なぜ間違いなの? 1+2×3=9
4.理科 なぜ地球は丸いの? 
5.英語 なぜ外国語が必要なの? 
6.音楽 なぜ国歌を立って歌うの? 
7.美術 なぜ(デジカメやパソコンでなく)手で描くの? 
8.保健体育 なぜ人を殺してはいけないの? 
9.技術家庭 なぜ人は結婚して子供を育てるの? 
 
 先生・親・家庭教師になったつもりで_| ̄|◎(ゴメン・マーク)可。

では、回答します。

  1. 必要ではありません。
  2. 「民主的」の意味をちゃんと解っていないので、答えられません。
  3. 計算の手順が違うから。
  4. 忘れました。
  5. 必要ではありません。
  6. 立つ行為が敬意を表すから、かな。※「なぜ」がどこにかかっているのか、よく判らないです。「立って」ですよね。なぜ音楽?
  7. なぜデジカメで撮ったり、パソコンで描くの?
  8. 自分が殺されないための決まり。※なぜ保健体育?
  9. 結婚した人、子どもを育てた人に聞いて下さい。※なぜ技術家庭?

…我ながら、微妙な答えです。

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誤読、あるいは…

血液型性格判断について調べた事のある方なら多分ご存知の、ABO FAN氏の、ABO FAN Home Pageに、心理学者の大村政男氏についての記述があります⇒ABO FAN Home Page/Prof. Ohmura

他の部分については、良く調べていないので解らないのですが、後半の、「“転向”の謎6  ついに“転向”が事実上確定!~古川説の再検討~」の部分において、ABO FAN氏は、

これを“転向”と言わずして何というのでしょうか? さらに驚くべきことに、一部とはいえ、能見さんをほめる記述さえあります。

  • [能見正比古さんが作成した]この「[血液型]十戒」は非常に優れたアドバイスなのであるから反故にするのは惜しいと思う。(224ページ)

と書き、「血液型十戒」を引用した後で、

読めばわかるとおり、これは「血液型と性格は関係ある」ということが大前提です。そうでなければ、「非常に優れたアドバイス」と言うはずがありません。つまり、大村さんは、“転向”したことが事実上確定(!)したことになります。(引用者註:強調等は、はずしてあります。以下同様)

としています。ABO FAN氏は、(大村氏が)「能見さんをほめる」と仰っており、その根拠を、

  • [能見正比古さんが作成した]この「[血液型]十戒」は非常に優れたアドバイスなのであるから反故にするのは惜しいと思う。(224ページ)
  • という部分に求めた訳ですが、引用元を読んでみると、些か意味合いが異なる様です。以下、同じ箇所を、少し前から引用してみます(解り易くする為に、で示します)。

     これらの発表で能見正比古の「血液型十戒」を批判しておいた。その「十戒」といわれるものは右ページに掲げてあるが、それを作成したのも、それを破ったのも能見正比古なのである。この「十戒」は非常に優れたアドバイスなのであるから反古にするのは惜しいと思う。(大村政男『図解雑学 心理学』ナツメ社 2006 224ページより引用)

    如何でしょう。私は、この部分を、「<血液型十戒>の様な優れたアドバイスを提示しておきながら、能見氏は、自身でそれを破ったのである」と、大村氏が「批判」なさっているのだろうと読み取りました。何故ABO FAN氏は、大村氏が肯定論者へ「転向」したと主張なさるのでしょうか。又、

    これは「血液型と性格は関係ある」ということが大前提です。そうでなければ、「非常に優れたアドバイス」と言うはずがありません。

    この部分は、論理的におかしいと言わざるを得ません。ABO FAN氏のサイトに、「十戒」が引用してあるので、そちらをご参照頂くと解ると思いますが、このアドバイス、要は、「血液型で差別しないように」という内容です。その意味で、「優れたアドバイス」と大村氏は評価なさったのでしょう。つまり、「血液型と性格に強い関連がある事を前提しなくとも、”非常に優れたアドバイス”と言う事は出来る」という意味です。血液型十戒で前提されているのは、「血液型によって性格が判断出来ると信ずる人が存在する」という事です。

    心理学 Book 心理学

    著者:大村 政男
    販売元:ナツメ社
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    お知らせ

    ゲームとは何か(2)に追記しました。

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    電子メディア

    電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導 Book 電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導

    販売元:学事出版
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    携帯電話やインターネット、テレビゲームに関して、冷静且つ具体的に分析されています。良書だと思います。

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    2006年9月23日 (土)

    呼び方

    呼び名で分かる:地域編 出身地を推測できる「ばんそうこう」-家庭:MSN毎日インタラクティブ

    面白いですね。私は、絆創膏と言うかな。なるべく一般名詞を使おうと心掛けているので。

    あ、でも、ステプラーはホッチキスと言ったりしますし、そもそも、商標名だと知らずに使っている言葉も沢山あるでしょうね⇒一般化された商標一覧 - Wikipedia

    最近では、携帯電話のカメラで撮影する事を、「写メ」を撮る、と言ったりしますが、あれには馴染めないなあ…。

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    2006年9月22日 (金)

    衝撃

    速報です⇒Yahoo!ニュース - ロイター - プレステ3国内価格を引き下げ、4万9980円で発売

    ここへ来て値下げとは!

    追記:HDMI端子も搭載だそうです⇒ニュースエクスプレスブログ

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    不明

    「居酒屋で」「コンビニで」が大半、飲酒検問で次々 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    この記事を読んで、「だからどうしたんだ?」と感じたのは、私だけでは無いと思います。

    この記事を通して何を主張したいのか、さっぱり解りません。

    タイトルの意味も解らないし…。

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    歌合戦

    Yahoo!ニュース - サンケイスポーツ - NHKが紅白出場者を削減へ-時間制限緩和で歌を充実

    司会は誰になるのでしょうね。やっぱり大河ドラマ関係でしょうか。総合司会は…又、みの氏とか?

    「歌と歌との間の余韻が乏しかった。今年は、より、歌を大事にして欲しい」

    歌についての感想を語ったり、歌い手にコメントを求める等したい、って事かな。視聴者は、トークがある方が喜びますかね。毎年やっている、余興みたいなのを削れば良い様な気もします。あれは、出演者も嫌々やっている様に見えますし…。見えるだけですが。

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    2006年9月21日 (木)

    余計なお世話

    大分前の話です。図書館で小説を借り、読んでいたのですが、何故か、「アタッシュケース」の表記の「ュ」の部分に、修正液で直した後がありました。何だろう、と思って、裏から透かして見てみると、元の表記は「アタッシェケース」だったのですね。それをわざわざ、修正液で「ェ」の部分を直して、「アタッシュケース」にしていた、という訳です。確か、数十箇所あったと思いますが、その(多分)全部が、直されていたのです。いやあ、ご苦労な事ですね。「ュ」でないといけないと思ったのかどうなのか。知らないという事は、恐ろしいですね(笑)

    いや、その前に、図書館の本にそんな事をしちゃ駄目だろう、と思ったりも(笑) 図書館の本に、線が引かれていたり、ページが折り曲げたりされているのを見ると、何を考えているのだろう、と感じます。

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    お買い得

    ブッコフ(慶さんより勝手に拝借)は、宝の山ですね。学術書が、考えられない値段で売っていたりします。以前、状況論関係の本(定価4,000円位)を、500円で手に入れた事があります。買う方(私)が、良いのかな、こんな値段で…、と思ったりも。コミックとベストセラー以外の買い取りが安いので、バランスが取れているのかも知れません。高くても定価の半額程度なので、重宝しますね。

    【イーブックオフ】日本最大級のオンライン中古書店

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    2006年9月20日 (水)

    超こち亀 Book 超こち亀

    著者:秋本 治
    販売元:集英社
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    超こち亀 道楽BOX Book 超こち亀 道楽BOX

    著者:秋本 治
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    超弩級豪華漫画家陣が、ゲストとして参加しています。

    うう、読みたい…。

    ところで、漫画って、「読む」、「観る」、どっちでしょ?

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    どの様に信ずるか

    水伝の場合は、言葉を過信(というか、誤解)している人が、信じ易いのではないかと思います。

    物質に人格性を認める様なかたちではなくて、もっとダイレクトに、言葉そのものに大きな力があると考えている、と言うか。上手く表現出来ませんが。それは、いわゆる言霊信仰とも異なるように思います。江本氏が、「宗教の様に見えるがそうでは無い」と主張なさっているのは、注目すべきかと思います(にも拘らず、宗教的な説明も多々ありますが)。
    例えば、他人の悪口ばかり言っていると、自分に災いが降りかかるよ、と子どもを躾ける事がありますよね。その際に、神様が云々と説明する事もあるでしょうけれど、大体は、そうでは無くて、言葉そのものに力がある様なイメージを持たせるのではないかと思います。そういうのが、下地にあるのではないかな、と。
    そこに、実験とか学者とか、「科学らしさ」をちらつかせて、「ああ、実は科学的な根拠があったのだ」と思わせるのが、江本氏の巧妙な所なのだと考えます。

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    2006年9月19日 (火)

    注目

    遊鬱さんの、冬枯れの街:「ただいま…まだ言ってなかったよね?」経由で⇒注意欠陥、学習障害の子ども TVゲームで改善

    シリアスゲームの応用の一端ですね。とても興味深いものだと思います。

    「ゲームを安易に悪者だと決めつける必要はない。来院する子どもの親が『ゲームばかりしていて心配』と訴えるが、『そんなにゲームが好きなの?』と子どもたちに聞くと、『別に』という。ゲームに逃げ込むしかない家庭環境に問題があることも少なくない」

    ここは押さえておくべきですね。ゲームに原因を押し付けて、他の諸々の条件を無視してしまうのは、危険です。

    身体的に悪影響を及ぼすほどゲームを行えばよくない。ほどほどにすることが大切

    (「ほどほど」がどの程度なのか、というのは、議論のある所でしょうけれど)、妥当だと思います。一部の論者は、「そもそもゲームは危険なものである」と主張している訳ですが。それは早計です。

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    笑い話

    ※これはフィクションです。

    ある武術の達人は、足の裏の一部分に、硬い胼胝が出来ていたそうです。この話を知った弟子の一人は、「成る程、それが秘訣か」と考え、その後の稽古時間の大部分を、足裏を柱等に打ち付けたりして鍛える時間に、充てたそうです。

    さて、その弟子は、見事、達人の域に至る事が出来たでしょうか。

    ※弟子の話云々はフィクションですが、足の裏に胼胝が出来た、という部分は、合気道養神館の創始者、故・塩田剛三師範のエピソードを参照しました。

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    2006年9月18日 (月)

    ごびう

    「古いものの中に良いものがある」は正しいですが、「古いものは全部良い」は間違いですね。でも、気付かない人も結構います。

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    人のふり見て何とやら

    自分にとって都合の良い(その様に見える)統計データは、対して吟味もせずに鵜呑みにして、自説を補強する様な解釈をしておきながら、そうでないものに対しては、データの取り方がおかしいとか、色々問題点を論う人がいます。いけませんね。

    某学者のブログを読んで、こんな事を考えましたが、自分も気をつけなければならないな、と思った次第。

    後、他人を痛罵しておいて、コメント欄を閉じている人もいますが、コメントくらい受ければ良いのに、と思います。勿論、絶対そうすべきだ、と言っている訳ではありませんけれども(そもそもブログの仕様がそうなっていますから)。大体、面白いブログというのは、(本文は勿論の事)コメント欄の遣り取りが面白いのですよ。テレビの討論番組を観るよりも、3兆倍位面白いし、勉強にもなります。

    え、じゃあ読むなって?まあ、それを言われちゃ、返す言葉もありませんが(笑)

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    2006年9月17日 (日)

    考え過ぎでは

    元検弁護士のつぶやき: 杓子定規?経由で⇒asahi.com:「家族入浴は混浴、ダメ」 兵庫県の指導に公営浴場反発 - 暮らし

    …ちゃんと読まずに、「銭湯の話」かと思っていたら、家族風呂禁止ですか。

    「『家族』には、事実婚や夫婦別姓などさまざまなかたちがある。本当に家族なのかどうか確認が困難で、風紀を保てない」

    「風紀を保てない」って、意味が解りません(嘘ですが)。一体、何を想定しているのでしょう。想像力が豊か過ぎませんかね。実際に問題が起こっているのならともかく(もしかして、あるのかな)。

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    偉業

    Yahoo!スポーツ - ニュース - <中日・山本昌>ノーヒットノーラン 史上最年長で 阪神戦

    素晴らしいですね。高齢で素晴らしいパフォーマンスを発揮するには、若い頃とは異なる努力の仕方が必要なのでしょうね。

    しかし、ノーラン・ライアンは凄い…。

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    ソー?

    ※A-WINGさんへ。コメントを何度か投稿したのですが、何故か反映されなかったので、トラックバックを送りますね。追記:うう、トラックバックも送れません…。もしご覧になっていたら、一応、下記文章がコメント代わり、という事でお願いします(笑)追記:トラックバック、上手く送信できました。お騒がせしましたです。

    Frog is not Blog::SAVE OUR OCEAN PROJECTというのがあるらしいを読んで。

    多分、「”沖縄通”で”報告”」かと。
    ひたすらズームして推測しました。我ながら暇人です(笑)

    「SAVE OUR OCEAN PROJECT」でググりましが、結構、買っている人、いるみたいですね。でも、運動そのものの情報は無いみたいですね…。

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    2006年9月16日 (土)

    現場埋没

    武道・武術界の議論で、古流剣術に携わる人が、現代剣道に対して、「剣道は竹刀で当てっこしているだけで、真剣を扱う事は出来ないだろう」と批判するものがあります。

    しかし、この様な批判は、実は、とても的外れであるのです。剣道は、「長めの竹刀で、限定された部位を打突し、有効打を奪い合う競技」として発展したものですから、目的が違うのです。竹刀と真剣では、重量も長さも異なりますし、素材も全く違います。剣道は、限定された有効箇所を、いかに素早く正確なフォームで打突するか、という競技構造を持っている訳です。即ち、「金属で出来ており、ある程度の反りがあり、剣先から鍔元まで刃が入れてある」真剣を扱う技術を習得しようとする古流剣術とは、そもそも違うものなのです。※上では、剣術側から剣道側への批判を挙げましたが、勿論、逆のケースもあります。古流剣術のドッシリ、ガッチリとした動き方で、どうするのだ。あれじゃあ、剣道の試合に出たら、手も足も出ない筈。といった感じで。

    その事を理解せずに、自らが属する体系の論理を以って、他の体系を不当に批判(つまり批難)する事を、「エティミック(正確には、その一種。後ほど説明します。参考図書もご紹介します)」(高岡英夫による)と言います。この様な認識の仕方は、色々な場面で見られます。例えば、柔術が柔道を批判したり、空手の一流派が、他の流派を批判したり、等々。

    この様に、自らの拠って立つ体系内でのみ通用する論理で、他の体系を理解しようとすると、とてもおかしな事になってしまいます。格闘技や武道・武術では、結構見られる事ですが、勿論、他の文化でも見られると思います。その様な埋没的認識に陥る事なく、俯瞰する、つまり、メタなものの見方を、鍛える必要があるでしょう。

    ※「エティミック」には、対象を文脈から無理矢理切り離して、没価値的(エティック)に観察しようとする態度も含まれます。例えば、空手の「突き」の威力を、衝撃力測定器で測り、威力が高い低いと、安易に評価する等。「突き」動作は、間合い・体捌き・受け技、その他諸々の条件と複雑に絡み合いながら、体系を構成しています。文脈から切り離して評価する、というのは、一面的でしかありません。勿論、とても重要な事であるには違い無いのですが、それが、対象を正しく理解出来る客観的方法である、と考えるべきではありません。もう一つの「エティミック」は、最初に挙げた剣術と剣道の例の様な場合です。例えば、剣術をやっている人が、「剣道の打ち方では、人は斬れんよ。」と批判したとします。しかしそれは、「古流剣術」というシステムでは、「剣道」で用いられている様な動作は役に立たない、と評価している訳で、それを以って、剣道全体を批判するのは的外れです。つまり、ある体系内でのみ通用する価値(イーミック)で、他の体系を判断する、という事です。

    参考文献:

    武道の科学化と格闘技の本質 Book 武道の科学化と格闘技の本質

    著者:高岡 英夫
    販売元:恵雅堂出版
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    空手・合気・少林寺―その徹底比較技術論 Book 空手・合気・少林寺―その徹底比較技術論

    著者:高岡 英夫
    販売元:恵雅堂出版
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    空手・合気・少林寺 (続) Book 空手・合気・少林寺 (続)

    著者:高岡 英夫
    販売元:恵雅堂出版
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    文系の懊悩

    中学・高校時代に、数学の勉強をサボり(しかも理由が、「こんなもの、役に立つか!」だったりします。余りに典型的です…)、高校を卒業してしばらくしてから、数学の重要さを認識する、という事があります。人文・社会科学でも、数学的知識は必要です。経済学は言わずもがなですが、心理学や社会学でも、確率・統計(勿論、それ以外も)の考えは必須ですし、領域横断的な分野では、そもそも文系・理系両方の知識が必要です。その事を悟って、後悔するのです。「もっと、ちゃんとやっとけば良かった…。」と。でも、嘆いてもしょうがありませんから、一念発起して、独習しようとすると、これがまたややこしい。高校三年間で、微積分すらやってない人間にとっては、数式の羅列が、宇宙語にしか見えないのです。大学の教材レベルの「微積分入門」という類の本を繙いても、二次関数すら忘却の彼方にある人間には、読める筈もない内容だったりします。そして、「どこが入門なんだ!」と言って投げ出すのです。その後は、「わかりやすい」テキストを探す旅に出るのです。果てには、「参考書コレクター」の誕生、という訳です(笑)

    とまあ、こんな感じで、数学の勉強を続けていますが、やっぱり、中・高でやっておくに越した事は無いと思います。しかし、今の中・高生に、「後々役に立つからやっておいた方が良いよ。」とはなかなか言えません。後で役に立つから、と諭されたって、やる気になる訳がありません。経験者語る、です(笑)でも、後から、特に自然科学に興味を持ったら、数学は絶対必要ですからね。悩ましい所です。一番好ましいのは、数学そのものの面白さに目覚めさせる、いかに役に立つかを実感させる、という事でしょうけれど。具体的・実践的課題と結び付けて学習させる、というのは一つの方法ですね。プログラミングに興味を持って独学し、数学的・論理学的知識を身に着ける、という事もありますし。これは、学習科学的なテーマですね。

    一般に使われる「文系」って、「数学が不得手である。又は、数学に苦手意識がある」、という意味じゃないかなあ、と思ったり。

    今回の内容、まるで我が事の様に同意して下さる方も、結構いらっしゃるのではないかと思っています(笑)

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    2006年9月15日 (金)

    決定しました

    Wiiの価格と発売日が、決定しました⇒Wii [ウィー](任天堂オフィシャル)

    スクウェアエニックスのタイトルは、本体と同時発売では無いのですね。しかし、『ゼルダの伝説』をロンチに持ってこられたのは大きいですね(と言う程の求心力、あるかな)。

    某ハードの方は、どうなってるのでしょう?

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    2006年9月14日 (木)

    うわああ

    昨日、TBS「カクレカラクリ」を録画予約していたのですが、見事失敗し、録画出来たのは、後半一時間だけ…。ミステリーを途中から観ても意味が無いので、削除しました。HDDレコーダーを使っておいて、録画に失敗するなんて、ショックです…。あーあ。

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    信じ方

    水伝(に限らず、ニセ科学全般に言える事だと思いますが)を「信じている人」、と一口で言っても、その認識の内容には、ばらつきがあると思います。

    友人に薦められた等して江本氏の本を読み、深く納得して、信仰心に近いものを持った人。何となくテレビを観ていたら、自分の好きな芸能人が出ていて、その人が水伝の話をしているのを聴き、「ふーん、そうなんだ。」と感じた人。綺麗な結晶が出来るかどうかは判らないが、音が影響を与えるかも知れないな、と感じる人。等々…。

    水伝の主張を受け容れる人が皆、最初に挙げた例の様に、積極的に江本氏の本を読んで、その上で信じている、という訳ではありません。ですから、江本氏はこんな事まで主張しているのだよ、と教えれば、その主張を、荒唐無稽なものだと考え直す事もあると思うのです。例えば、水に「ありがとう」という言葉を聞かせれば綺麗な結晶が出来る、という説を受け容れる人でも、文字を「見せて」綺麗な結晶が出来る、という説には納得はしないかも知れませんし、文字を見せる事をも受け容れる人でも、「日本の神の名前を見せたら、結晶が御札の形になる」(書いてて頭が痛くなってきますが…)という主張を知ったら、疑うかも知れません。

    これらを踏まえると、専門家(つまりプロの科学者)が追試をして反証し、その結果を広く公開する、という事も、決して無駄ではないのでは、と思います。勿論、江本氏等は、様々な理由を付けて、反論を行うでしょうけれども、「何となく信じている人」とか、「そういう事もあるかもなあ。」と思っている人達に対しての、有用な情報にはなるのではないか、と考えています。

    ちょっと考えが甘いでしょうか?

    それにしても、水伝は、自然科学的メカニズムを云々する前に、先ず人文・社会科学的に批判すべき内容だと思うのですが、そちらの専門家からは、批判の声は挙がっていないのですかね。多分、「知らない」のでしょうね。何を隠そう、私も、水伝を知ったのは、数ヶ月前ですからね(忘れていただけかも知れませんが。もっと前かも)。「ニセ科学」や「疑似科学」等に特別な関心を持って、アンテナを張り巡らせないと、なかなか詳しく知る機会は無いのでしょうね。私が関心を持ったのは、「ゲーム脳」や「血液型性格判断」について調べたのがきっかけです。

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    映画館

    Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - 映画館:徳島から消える--「徳島ホール」28日限りで封切り上映打ち切り /徳島

    映画好きにとっては、残念な事でしょうね。

    見出しの、「徳島から消える」というのは、誤解を招く表現のような気もしますが。

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    2006年9月13日 (水)

    いまどき中学生

    いまどき中学生白書 Book いまどき中学生白書

    著者:魚住 絹代
    販売元:講談社
    Amazon.co.jpで詳細を確認する

    遅ればせながら、読みました。各所で批判されている通り、とても問題のある内容でした。著者は、「プロローグ」において、「精神医学の専門家などの協力を得て、調査が医学的、科学的な裏付けを持つようにした」(P12)と書いていますが、本書を読む限りでは、その様な裏付けがあるとは、到底思えません。特に、グラフの書き方などは、根本的に間違っています。例えば、横軸に、一日平均のゲーム時間をとり、縦軸に、「傷つけられるとこだわり、仕返ししたくなると答えた子の割合(%)」(P56)をとった棒グラフがあります(P56)※こちらに、図が載っています⇒中学生のTVゲーム 長時間で暴力的傾向 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) これは、各項目における基準の量が異なるので、棒グラフにして比較するのは、完全におかしいです。「全くゲームをしない生徒の内、18%」と、「4時間以上する生徒の内、35%」(数値は、asahi.com:朝日新聞関西ニュース:朝日わくわくネットを参照。不明な項目については、グラフより推定しました)を並べて、「4時間以上する生徒は2倍」と判断するのが、いかにナンセンスであるかは、お判り頂けるかと思います。又、目盛りの最大値を、出来るだけ下げる(最も大きな項目の値に合わせる)事によって、割合の大きさを、グラフの高さとして視覚的に印象付けています。本書に掲載してあるグラフは、ほぼこのようなものです。著者は、実数を示さずに、「何倍」とか「何%」という書き方を、よくしています。それによって、いかにも差があるのだ、と印象付けようとしているのでしょう。文章だと解りにくいかも知れませんので、試しに、ちょっとグラフを作ってみました。書き方によって、随分、印象が異なると思います。

    G1200613G1200615 

     

    ※不明な箇所は、グラフを参照して推定。縦軸の最大値が異なるグラフを、二種類作りました。

    アンケート調査を行った、としていますが、それがどの様なものなのかが、明らかにされていません。質問項目も、選択肢も、具体的内容が書かれていません。これでは、調査が妥当であったかどうかを判断する事が出来ません。又、保護者に対してもアンケートを行っていますが、こちらも同様に、具体的内容は書かれていません。

    ところどころに著者の事例報告がさしはさんであり、それを著者が主観的に分析しているのですが、各ケースの原因を、メディアへの依存であると短絡しています。良く読むと、家族間のコミュニケーションや、学校でのいじめなどによって、不登校になった、というケースもありますが、何故かそれらも、ゲームやメールに耽溺しているのがそもそもの原因である、と論理を展開しています。事例報告は、具体的なケースがどの様なものであるかを知る事が出来ますし、それを分析する事も意義があると思いますが、一部の事例を以って、それを一般化するのは頂けません。

    他にも、色々おかしな点があるのですが、キリが無いので、この辺にしておきます。この種の本は、全体的に破綻しているので、どこをどう批判すれば良いか、困ってしまいます。恰も、デタラメにピースがはめ込まれたジグソーパズルを見て、どこがおかしいかを指摘する様なものです。

    私は、本書を読んで、考えようによっては、これは『ゲーム脳の恐怖』よりも酷いと言えるかも知れない、と感じました。何千人もの生徒や保護者にアンケートを取り、それをグラフにして、いかにゲームやメールがおそろしいものであるか、という事を印象付ける(しかし、その調査は、とても学術的水準を満たしているとは言えず、解釈も恣意的なものである)。間に著者の生々しい実体験を入れ、読者の共感をさそう。このインパクトは大きいのではないかと思います。

    本書に言及しているブログ等を、色々見てみたのですが、データを詳しく検討する事も無く、肯定的に評価している所もありました。自分が予め持っていた考えを補強するものとしか映らなかったのでしょう。残念な事です。

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    2006年9月12日 (火)

    玩具生活

    悠悠おもちゃライフ Book 悠悠おもちゃライフ

    著者:森 博嗣
    販売元:小学館
    Amazon.co.jpで詳細を確認する

    やっぱり、森さんの本は面白いなあ。

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    キャラクター

    「モード性格」論―心理学のかしこい使い方 Book 「モード性格」論―心理学のかしこい使い方

    著者:サトウ タツヤ,渡邊 芳之
    販売元:紀伊國屋書店
    Amazon.co.jpで詳細を確認する

    サトウ・渡邊コンビの本を読むのは初めてですが、私が考える(考えてきた)性格観は、この本に書かれているものに近いと思います。

    本書には、血液型性格判断についての論評もあります。本書で、血液型性格判断についての批判は、言い尽くされていると言えるでしょう。

    何より、文章が非常に解り易いです。平易な言葉で丁寧に説明してあり、するすると読めます。

    「性格とは何か」とか、血液型性格判断に興味のある方に、お薦めの一冊です。

    学生時代に性格検査を受けて、「こんな質問、答えようが無いよ!」と思った経験のある方は、本書の内容に、深く納得なさると思います。

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    2006年9月11日 (月)

    水伝シリーズを読んで

    図書館に行った際、江本勝氏の本を、4冊読みました。実は私、江本氏の本を読んだのは初めてです。部分的な主張を見れば、それがおかしいのは明らかなので、読む必要は無いと考えていたのですが、一体どの様な事が書いてあるのか、興味はあったので、読んでみた次第です。

    …いや、想像を絶する凄まじさでした。どこをどう批判していいか判らないくらい、完全におかしい。しかも、科学的である事を重視した、という趣旨の事を、はっきり書いています。さらには、言語の恣意性を完全に否定してしまう様な内容も。言語学者が読めば、呆れ果てるでしょう。「阪神優勝」という文字を水に見せたら美しい結晶が出来た、というのを見た時には、めまいが…。

    水伝の様な説は、文化とか、社会とか、そういうものに対する思考を停止させる危険性があります。絶対的に正しい価値があり、それを水が反映する、という主張は、異文化排除の姿勢に結び付き易いのではないでしょうか。

    でも、水は音楽を聴いている―心とからだに共鳴する『水の結晶写真・83点』に掲載されている風景写真は、息を呑むほどに綺麗です。何というか、皮肉なものですね…。書いてある事は滅茶苦茶なのに。

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    「キレる」とは

    「キレる」という語は、10年以上前から使われていたと記憶していますが、その頃は、単に「激昂する」程度の意味だったと思います。現在は、ちょっと違ってきているようですね。何か、とてもネガティブな意味が付与されているように感じます。異常性というか、人間らしさの欠落、とか、そういう意味が含まれてしまっている様です。「キレる」という語がどの様な歴史を持っていて、どの様に流布し、意味が変遷してきたか、という事の、社会学的な研究はあるのでしょうか。

    「キレる子」の原因探れ、食事・睡眠など追跡調査へ : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    やるのだったら、科学的に妥当な方法で、精確に調査して欲しいですね。しかし、「原因を探る」のですから、無理矢理な解釈で、何かに原因を押し付けてしまう可能性もあるのではないか、という懸念もあります。研究したが原因は解らなかった、という結論では、批判を受けるかも知れませんから。

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    2006年9月10日 (日)

    利き腕

    左利きの人に天才が多い、という説、ありますよね。

    科学的にどの様な研究が為されているのかは良く知らないので、余り適当な事は言えないのですが、主張の根拠として、○○は左利きだから、左利きは天才だ、という事を挙げる人がいます(科学者で、この手の主張をする人はいるのですかね)。○○には、社会的に名声を得ている人や、歴史上、名を残した人の名前が入ります。アインシュタインとか。でも、これって、ちょっとおかしいですよね。有名である事と、高い能力を持っている事は、別だと思います。高い能力を持っていたから有名になった、という事は言えるかも知れませんが、他に能力の高い者がいなかった、という事は意味しないと思います。そもそも「天才」というのは、社会的評価ですから、当時の歴史的・社会的文脈が大きく関係する筈です。それに、分野によって、求められる能力は異なりますから、左利きだったから、という言い方をするのは、余り妥当では無いのでは、と思っています。「天才」という曖昧な言葉を使って、利き手との関連を云々するというのは、ちょっと違うのではないかな、と。

    こういう考えって、努力の重要性を否定したり、他の条件を考慮せずに、利き腕だけで能力を推測したりしてしまう事に繋がりかねないと思うのです。考え過ぎかも知れませんが。

    某テレビ番組を観て、こんな事を考えた次第です。

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    過度な依拠

    しゅうさんの、しゅう兄さんの臨床心理士的生活-臨床心理学と趣味etcの雑記帳-内、【もはや】猫も杓子も音読計算・・・【宗教のよーな】-を読んで。

    興味深いですね。しゅうさんの、

    「前頭前野の話や、その活性化の原理はよーくわかりましたが、例えば、患者が『わしはこんな子どもがやるみたいな簡単な計算はやりたくない。もっと、難しい問題に挑戦したい』って言ったらどうするんですか?」(引用者註:文字色は変えてあります)

    という質問は、至極常識的で、真っ当なものだと思います。それに対する関係者の答えは、単純な課題でないと効果が出ないので、簡単な音読等をやらせるべき、というものですが、何か、本末転倒と言うか、ちょっとおかしいですね。こういう認識を、関係者が持ってしまっている、というのはどうも…。単純課題が効果的だ、というのは良いのですが、それ以外の事をやらせる必要が無いと考えるのは、違うのではないかと思いますね。

    ところで、単純な計算や音読が脳機能を改善させるという説は、神経科学者のコンセンサスを得たものなのでしょうか。それらが前頭前野の血流を促進する、という現象の機序は、明らかになっていない様ですが。

    参考文献・サイト:

    リンク先に、川島氏の論文があります⇒LBC, COE / 添付論文 / 分担執筆

    学習療法研究会のサイト⇒学習療法研究会 ■公式サイト 「学習療法」って、川島氏の登録商標なのですね。

    全くどうでも良い事ですが、DS版の脳トレをプレイしている際の脳活動を測定した研究者は、いるのでしょうか。かなり興味があるのですが。

    追加:

    痴呆を伴う高齢者に対する認知リハビリテーション による介入研究の枠組み

    痴呆を伴う高齢者に対する認知リハビリテーション の効果に関する予備的研究

    音読・計算課題の遂行とコミュニケーションの要因が老年期痴呆患者に対する影響に関する研究:予備的分析

    (↑PDFファイル。しゅうさんにご紹介頂きました)

    音読、単純計算、運動、会話などなど、それぞれの前頭前野活動 「はげひげ」の脳的メモ/ウェブリブログ

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    2006年9月 9日 (土)

    反論だそうです

    坂東眞砂子さんが、先日の騒動を受けての記事を、週刊現代に書いておられますね。読みましたが、何が仰りたいのか、良く解りませんでした。何故か、青少年の犯罪の増加、という話も出てきます。ご自分の信念を開陳なさるのは宜しいと思いますが、それを、「社会の病理」と結び付けて論ずる事には、違和感を覚えます。

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    2006年9月 8日 (金)

    埋没しないようにする

    萩原俊明さんの、鍼灸武芸帳/常の力・常の技内、 たべものを読んで。

    実は私も、以前、食品添加物=身体に害を生す物、という短絡な認識を持っていました(農薬等にも)。そして、添加物は怪しからん、食べ物は自然な状態が一番良いのだ、という、典型的な思考に陥っていました。きっかけは、色々ありました。『美味しんぼ』であったり、マスメディアの報道であったり。食品添加物というものが何であるか、また、それにはどの様なメリット・デメリットがあるのか。使わない場合のリスクはどういうものか、という事を、全く考えもせずに、思い込んでしまっていたのですね。とても浅はかであったと思います。※念の為補足。私は、添加物に危険性が無いから、安心して良いのだ、と言っている訳ではありません(そういう事を主張出来る程の知識を持ち合わせてもいません)。しっかり科学的に考える事なく、ある説を鵜呑みにしてはならない、と言いたいのです。

    この様な場合には、常に不安につきまとわれます。自分は身体に悪い物を食べてしまっているのではないか、等ですね。極端になると、自分と同じ様に考えない人は、思慮が足りないのだ、という思いに到ります。更に進むと、それを他人に押し付けるようにもなってしまいますね。それは、余り好ましい状態では無いと思います。

    萩原さんの仰る、

    でももし善意があるのならば、自分の食に対する主張を公衆に伝達する時は、
    「・・・と私は信じております」と付け加えるべきでしょう。
    それを付け加えたくないのであれば、その根拠となる研究を明確に示すべきです。

    ところが、この根拠の提示というものも、科学に無知な相手を騙すのは実に簡単なことで、ちょっとした都合の良いミニ実験で簡単に取り込めます。
    しかし本当に食における有効性や危険性を証明するためには、厳格にデザインされた研究・調査が必要なのです。

    この部分、とても重要です。ただ、○○が危険だ、と、不安を煽るのでは無く、何故そうであるか、それにはどの様な反論があるのか、等を、明らかにすべきです。

    食の指導を行う時、それを受ける側の心の自由をうばってはいけません。
    単に自分が信じ込んでいる、すぐには立証できない知識で、相手を不安にさせてはいけません。
    また逆に過度の期待を植えつけてもいけません。

    全く同感ですね。とは言え、相手の為を思って、自説を信じ込んでそうする場合が殆どでしょうから、冷静に、自分の考えを客観的に見直すというのは、難しいのかも知れません。

    余談をば。萩原さんが書かれた、合気武道精髄(著者名は異なります)は、10年程前に読みました。神秘的な説明に頼りがちな、武道・武術の術技を、なるべく合理的に説明しようとする記述に、感心したのを憶えています。合気道の実戦性の批判等もあり、とても面白い本でした。

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    2006年9月 7日 (木)

    遅れ

    Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <PS3>量産遅れで、欧州での発売延期 ソニーCE

    日本でも、本当に11月に出るのか?という感じです。出たとしても、初回ロット10万台というのは、なかなかのものです。

    しかし久多良木氏、強気ですね。いや、強気というよりは…。

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    2006年9月 6日 (水)

    メモ:「ゲームは暴力性を高めるか」という問題について

    例によって、なぐり書きです(この表現、正しいのかな)。

    • 多様性を無視している。「ゲーム」と一括りにするのは妥当ではない。
    • 「暴力性」という概念を明らかにする必要がある。どの様な行為を「暴力」と認識するか。一般の人が「暴力性」と聞いた際、どの様な意味に取るか。学術的定義と、社会一般的に使われる意味にズレは無いか。良く考えなければならない。(「暴力」については、高岡の、武道の科学化と格闘技の本質が参考になる)
    • ゲーム内での表現と、現実を、どの様に結び付けるか。ゲームの中で起こっている事が、つまる所、単なる記号の操作である事を、理解しているか。ゲーム中で、暴力行為が正当化される様な表現があったとして、それを肯定的に受け取るかどうか。
    • 養育者が暴力行為に対してどの様な認識を持っているか。暴力によって問題を解決する事を、どの程度許容するか。それは、子どもの暴力性に影響を与えるか。それは、許容か嫌悪か。例えば、養育者に暴力を振るわれたと認識した子どもが、他人に暴力行為を加える事を極端に嫌悪する場合もある。自分がやられて嫌だったから、他人には絶対やらない、という具合に。
    • ゲーム中の暴力行為を正当化する表現を受け入れる子どもに対して、養育者がどの様な態度を取るか。放っておくか。その様な認識は良くないものだ、という事を教えようと試みるか。
    • 例えば、幼児が格闘ゲームをプレイして、動作(蹴ったり殴ったり)を模倣する事がある。これは間違いなく、闘作(格闘的動作。高岡英夫による)の学習であるが、それを以って、「暴力性が高まった」と言えるかどうか。
    • 暴力表現を含み、それを肯定的に評価するゲームに触れる事は、その他の暴力を否定するものに触れない事を、意味しない。
    • 暴力表現とは、グラフィカルなものだけを指すのか。例えば、『ドラゴンクエスト』シリーズ(と言うより、RPGの多く)は、モンスターを殺戮し、金品を奪いとり、社会的に賞賛を受ける、というシステムである(書き方によって、この様なネガティブな印象を与える事が出来る)。だが、グラフィック的には、血も出ないし、モンスターもコミカルなものである(これは、堀井雄二氏の、意図的な表現(ソース失念)。敢えて記号らしさを強調しているのだと考えられる。という事は、堀井氏は、リアルな表現が、余り良くない影響を与える事がある、という自覚をお持ちなのだろう)。これを「暴力の容認」と考えるかどうか(そう捉える論者はいるだろう)。もし、そう捉えるとすれば、『アンパンマン』を、高度に暴力的である、と言う事も可能である。バイキンマンをぶっ飛ばして、街の人達に感謝されるのであるから。※個人的な話を。私は、子どもの頃、ゲームのキャラ対して、「この人達、他人の家に入ってタンスを漁ったりして、駄目だろう。」と、何気無く考えたりもしましたが、結局は、「まあ、ゲームだからね。」と、割り切っていました。ですから、反社会な行為を表現するのは怪しからん、という意見に対しては、「何言ってんの?」という感じです。余り、子どもを馬鹿にしないでくれ、と思います。
    • 「ゲームとは何か」、「暴力とは何か」、「暴力性とは何か」、「暴力性が高まるとはどういう事か」、等を、良く考える。

    激しく解りにくいですね。

    暴力というのは、殴ったり蹴ったりといった、物理的に攻撃する行為だ、と考えるのが一般的だろうと思います。で、ゲームにおける暴力表現とは、それ(暴力行為)をグラフィカルに描いたものの事を指しているのでしょう。しかし、グラフィックで暴力行為を描いているといっても、それにはかなりバラツキがある訳です。例えば、戦争を写実的に描いたものから、スーパーマリオの様な(良く考えてみて下さい、亀を踏んだり、火の玉を投げたり、かなり「暴力的」です)、コミカルなキャラまで、色々あります。そのバラツキの中に適当に線引きをして、ここからは暴力表現、ここからはそうでない、と判断するのです。GTAの表現が暴力的でない、と考える人はいないでしょうし、マリオがノコノコを踏みつけるのを暴力的だと看做す人は、殆どいないでしょう。ドラクエで、勇者がモンスターを薙ぎ倒していくのも、充分「暴力」ですが、それに「暴力的」だ、と目くじらを立てる人も、少ないのではないかと思います。だから、ゲームにおける暴力表現とは何か、という事を、ちゃんと考えなければならないのです。ハードの処理性能が向上し、グラフィックが写実的になればなる程、それを暴力的だと看做すか、そしてそれが、よりプレイヤーの「暴力性」を高めるものなのか。それともそうでは無いのか(因みに、グラフィカルな表現が殆ど無くとも、テキストによって、暴力行為を表現する事は出来ます。小説がそうですね。ゲームでは、アドベンチャーですね)。

    社会心理学の研究では、ゲームによって暴力性が高まる場合がある、という結果が見出されたものもある様ですが、当たり前ですね。暴力行為に報奨が与えられたりする場面を見て、それを肯定的に学習する、というのは、有り得る事です(問題は、それを一般化してしまう事ですね。「ゲームは暴力性を高める」という様に)。そしてそれは、他の文化でも起こりうる事でしょう。漫画でもテレビでも小説でも。熱血教師もののドラマを観て感動し、「時には殴って解らせてやらなくてはいかんのだ!」と考えたとすれば、それは、「影響を受けた」と言えます。悪影響かどうかはともかくとして。そして、「暴力的になった」とも言えるでしょう。でも、「それは”暴力的”とは言えないのでは」と考える人もいるでしょうね。だから、「暴力」とは何か、という事を、良く考えなければならないのです。暴力は、多分、殆どネガティブな意味でとられると思います。ですから、研究の為に、「暴力」の概念を定義したとしても、一般の使い方とはズレがでます。

    何か、ごちゃごちゃしてますね…。まあ、私が言いたいのは、そもそも、問題が滅茶苦茶複雑なのだから、単純な対応関係を考えずに、複雑なまま理解しようと努力すべきではないか、という事ですね。

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    2006年9月 5日 (火)

    表現

    Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 学級活動中に小6男児が同級生刺す…岡山

    細かいですが、「刺す」と、「切り付けた」(上記記事より引用)では、意味が全く違うのでは。読者の気を引くために、わざと大袈裟な表現を使った、…というのは、考え過ぎでしょうね。

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    ちょっとメモ

    何となく考えている事を書きますので、ツッコミ所があるかも知れませんが(笑)

    ゲームで長時間遊ぶ子どもは、人付き合いが苦手、という説、ありますよね(asahi.com:朝日新聞関西ニュース:朝日わくわくネットとか。この調査については、壱眞さんの、御鏡壱眞右往左往:「元法務教官が中学生調査」に思う が参考になります)。でも、これって、ゲームをやるから、というより、単に、「他人とコミュニケーションを取る時間が少ないから」、だと思うのです。ゲームを長時間やる、という事と、人と接する時間が少ない、というのは、時間の配分の問題ですから、関係があるのは当たり前です。元々ゲームは、一人でも出来る様に作られているものが多いのですから。

    コミュニケーションが苦手(どう苦手なのかも、考えなければならないと思います。クラスで爪弾きされている可能性もあります)な子どもが、ゲームを好む様になるのかも知れませんしね(確か、坂元章氏が、言及なさっていたと思います)。

    どういうゲームをやっているか、という事も、考える必要があると思います。パーティゲームを、多人数でわいわい言いながらやるのと、RPG等をじっくりやるのとでは、全然違いますし。

    例えば、読書時間との関係とか、(学校の)勉強時間との関係とか、ゲームと較べて明らかに異なるのか、疑問です。そういう研究はあるのでしょうか。

    一般化して、一人でいる時間の長さと、人付き合いについての関係を、調べれば良いと思います。そういう研究は、既にあるでしょうけれど。

    「無い」事を批難する人って、いますよね。例えば、「ゲームは一人で部屋に篭ってやるものだから(つまり、他人数で協力しあう事が”無い”から。←この理解自体、一面的ですが)、コミュニケーション能力が育たない」とか。そういう論理だと、あらゆる文化を批難する事が出来ます。勉強は筋力が鍛えられないから駄目だ、とか、筋力トレーニングでは計算力が鍛えられないから駄目だ、とか。変な事を書いていますけれど、この手の批難をする人は、結構いると思います。そういう人は、自分が好ましく思っている文化が、いかに「役立っているか」を力説したりします。

    そもそも、「人付き合いが苦手」って、どういう概念でしょうね。

    一部の人は、「ゲームは、人付き合いを苦手にさせる効果がある」と考えてしまうのでしょうね。その極論の一つが、「ゲーム脳」なのでしょう。でも、それは、ちょっと単純に過ぎるのではないかと思うのです。他に色々の要因があるかも知れないのに、ある特定の文化が原因と決め付けて、それから遠ざければ問題は解決の方へ向かう、というのは、悪い意味で、とても楽観的ではないでしょうか。(これは何度か書いていますけれど)その様な短絡的な、原因―現象の図式を作ってしまえば、それ以上考える必要が無いから、楽なのでしょうね、しかしそれは、思考停止(或いは放棄)だと考えます。

    例えば、ゲームは良くない、と考えて、子どもから取り上げたら、どんな事になるでしょうね。頭ごなしに、ゲームをしている子どもを叱りつけたらどうなるでしょうね(すみません、ちょっと飛躍してますね)。それ、養育者が、コミュニケーションを放棄しているのではないかと思います。

    かなり支離滅裂ですが、いつもの事なので、ご容赦下さい(笑)

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    2006年9月 4日 (月)

    乖離

    本を読む等して、「この人は聡明だなあ。」と思っていても、実際に話しているのを聴いて、「え、本当にあの本を書いた人なのか…。」となる事、結構ありますよね。早口でまくしたてて、聴衆が聴いているかどうかをちゃんと確認しなかったり、滑舌(これ、辞書に載ってないのですね)が悪く、聞き取りにくかったり。声がうわずっていたり。とくに、早口の人は、聴く側としては、ちょっと困りますね。焦ってしまいます。大学教授の講義等を聴いていると、もう少し、話し方を工夫なさった方が宜しいのではないかな、と思います。偉そうな書き方ですけれど。自分の考えを纏めて、それを喋るというのは、本(文章)を書く事とは、相対的に独立しているのでしょうね。それに、声の出し方、というのも、それなりに訓練が必要なものなのでしょう。アウトプットが異なるので、当然の事だと思います。そういうプレゼンテーション能力は、日本では余り重視されていないのかな、等と思ったり(根拠はありませんが)。

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    2006年9月 3日 (日)

    お手紙商法?

    Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 若者狙い「お手紙商法」増加、女性名・手書きで勧誘

    ほう、こんなのがあるのですね。

    携帯メール世代には手書きのはがきが新鮮に見えるらしく、実際に会員権を購入した人もいる。

    新鮮に見える事と、会員権を実際に購入する事は、全然関係無い気がするのですが…。

    至急、お知らせしたい事があります」。

    だったら、電話をかけまくれば良いのに(いや、それはそれで、凄く迷惑ですけれど)。葉書に書いて、ポストに投函して、届くのを待つ暇が、よくありますね。日時まで指定しているし…。

    大体、本当に増えているのですかね。怪しさ全開じゃないですか。

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    割り算じゃなくて、除算と教えた方が良いですよね

    Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <計算力調査>小学生は応用力に課題

    「6リットルは、□リットルの1.2倍」の□を求める数式で「6÷1.2」を正しく選んだのは5年生で50.3%、6年生でも62.2%。

    これ、大人でも、結構間違う人いるかも知れませんよ(そんな事ありませんかね)。答えられても、「何故その式になるの?」と問われれば、答えに詰まるかも知れません。自分の小学・中学生時代の事を省みても思うのですが、取り敢えず、計算の仕方は暗記でしたね。何故そうなるか、とか、余り考えていませんでしたね。

    「40.8×1.9」の答えに最も近い数を「80、800、8000、80000」から選ぶ問題

    こういう問題でも、出来なかった子どもは、筆算で計算しようとして、やり方を忘れたから適当に答えた、のかも知れません。詳しく計算せずに見当をつける事(40×2に近いから、80だろう、とする)は、小学生には難しいのかも知れません。これは、「教え方」の問題ではないかと思います。こういうのは、ちょっとした「骨」ですから、教えれば、直ぐに憶えるものです。勿論、子どもが興味を持つかどうか、という事はありますけれど。割り算もですね。割り算を、「分ける事」とだけ教わった子どもは、割る数に小数が出たら(例えば、2÷0.5)、「0.5個に分ける、って、どういう事だ?」となるのですね。そんな時に、ぽんとやり方を教えてあげれば、「成る程!」となるのではないかと思います。でも、納得しないまま進んでしまうと、取り敢えず計算方法を暗記してしまわないと、行き詰ってしまうから、疑問は置いてしまって、次のステップへ行ってしまうのかも知れません。子どもの頃は、具体的なイメージを浮かべながら計算をするので、それを踏まえて指導するべきではないかと思います。

    記事では、「小学生は応用力に課題」としか書いていませんが、この結果から、学力が低下した、と判断すると、それは早計であると言えるでしょうね。まあ、案の定というか、ヤフーの学力低下のカテゴリーに入っていますけれど…。

    参照:SSTさんの、ウソ、大げさ、紛らわしい: 何が「小中学生の実態」?

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    2006年9月 2日 (土)

    名人芸

    トラックバックを下さったブログ(Retired from games 「ゆる」スポーツ・トレーニング革命)に、太極拳の王樹金老師の動画へのリンクがあったので、観てみました。

    いや、素晴らしいですね。滑らかで淀みなく、実に美しい。正に名人ですね。

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    2006年9月 1日 (金)

    軽率

    ITmedia News:楽天証券、Wikipediaからの情報削除で謝罪

    この件、テレビのニュースでも報道されていましたね。件の社員は、バレるなんて、思ってもみなかったでしょうね。会社内のパソコンから削除を行うなど、考えられませんからね。ゲートキーパーを思い出しますね。処分がどの様なものであったのかも、気になります。

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