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2006年7月 5日 (水)

違いは何か

サッカーのワールドカップで、日本チームは予選で敗退しました。

日本と他の強豪国のチームとの違いは、一体何なのでしょう。

戦術論、選手のメンタリティ、体格、等々、色々考えられるでしょう。評論家やコアなファン、あるいは、元選手等が、様々な意見を出し、議論を交わしています。

中でも、体格の違い、という事は、多くの人が共通して指摘しています。

しかし、身体の大きさ等について言及する人も、「身体の使い方」については、余り認識が届いていない様です。ヨーロッパや南米の超一流の選手は、身体のどの部分の筋肉を主に使い、又、どの部分の筋肉の働きを抑制して、高度なパフォーマンスを成立せしめているか、等の視点が足りない様に思われます。恐らく、人間は皆同じ様なメカニズムで運動を行っており、個人差は量的な差異である、という前提を、多くの人は持っているのでしょう。しかしながら、現実はそうではありません。圧倒的に優れたパフォーマンスを発揮する選手と平凡な選手では、身体の使い方に、本質的な違いがあると考えられるのです。例えば、歩いたり走ったりする際、大腿の表と裏、どちらの筋肉を主に用いるか、とか、腕を振る際に、肩関節を支点として腕を振るか、それとも、もっと内側の方から、肋骨や肩甲骨を一体として振るか、等の違いです。文章にすると、大した違いでは無いと思われるかも知れませんが、実際のパフォーマンスの差は、大きなものになります。もっと本質的・一般的には、全身の筋肉が程よく弛緩し、最小限の筋出力で運動しているか、それとも、全身の筋肉を収縮させ、恰もブロンズ像の様な状態であるか、の違い、と言う事も出来るでしょう(即ち、筋肉や骨格が、その機能を正しく発揮出来ているかどうか、という事)。

個人や比較的少人数の種目では、身体の働かせ方に注目が行き、サッカー等の集団競技では、戦術論等に目が行きやすい、という事があるのかも知れません(あくまで推測ですが)。特にサッカーは、動きの自由度が比較的高く、フィールドもとても広い種目ですから、個人の具体的な運動形態については、議論されにくいのかも知れません。ですが、集団で行う競技でも、それを構成しているのは、各選手それぞれの運動なのであって、そのレベルが低くては、全体の(チームとしての)パフォーマンスが向上しないのは、論理的に当然の事と言えるでしょう。

テレビ等のワールドカップの特集を見ても、選手の配置がどうである、とか、選手交代のタイミングとか、そういう事についての分析が主です。それらが重要な事であるのは元よりですが、やはりそれだけでは、認識が不足していると言わざるを得ません。もっと根本的な違いというものに、目を向けるべきではないでしょうか。

参考文献:高岡英夫氏の著作―――私が本ブログにおいて、身体運動について書く場合には、ほぼ高岡英夫氏の発表された理論を参考にしています。記事中、高岡氏の発表された概念に近いものが見出される場合があると思いますが、それは、高岡氏の概念の援用であるとお考え下さい。氏のオリジナル概念をそのまま用いる場合には、参考・引用文献を明記します。武術雑誌の記事等では、明らかに他人の発表したものを参照しているにも拘らず、その旨明記していないものが見られる場合があります(全く独自に構想したという可能性も、勿論ありますが)。これは、実に問題です。様々な論者が、似たような概念をオリジナルなものとして発表しています。これでは混乱を招くばかりです。どの研究を参考にし、取り入れたか、という事を、明確にするべきであると考えます。

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