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2006年4月26日 (水)

尊敬する

森博嗣さんの、MORI LOG ACADEMY: 2006年04月20日 【HR】 老人を敬うことについてを読んで。

そう、無条件に(「高齢である」という条件のみで)、「年寄りを敬え」と言われても、納得出来るものではありません。「この人は凄い」とか、「この域に達したい」と思って初めて、尊敬の念が芽生えるのだと思います。「現在の高みに到達するには、相当の努力をしたに違いない」、と推測し、その努力の大変さを想像し、頭が下がるのです。「年寄りを敬いなさい」と教えられる際の、理由の説明として、「年寄りは、永く生きてきて、豊富な知識を持っているからだ」というものがありますが、年寄りが皆、日頃勉強を欠かさず、研鑽を積んでいる訳ではありません。そういう努力を怠っている人に対しても、「尊敬」しろと言われた所で、はい、解りました。とはならないのです。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

高齢者を(というよりは高齢者であるから)敬うべきであという通念は,
世界的にみても,たとえば東アジアなどの文化で強調されているかもしれません。
そのばあい,無条件に敬われるべきであるということなのだろうと思います。私がべつに無条件に敬うことに完全に同意しているのではないのですが,ただ長く生きてきたということに,おそらくは価値が置かれていた可能性もあるとおもいます。

投稿: 中猫 | 2006年4月28日 (金) 05:58

中猫さん、今日は。


>ただ長く生きてきたということに,おそ
>らくは価値が置かれていた可能性もある
>とおもいます。

私もそう思います。永く生きる事自体が、価値ある事だったのでしょうね。現代は、ある程度高齢まで生きられるのではないか、という認識(思い込み)が一般に有って、それが、「永く生きる」という事の価値を、薄くしているのかも知れません。


ある属性(高齢という属性)で括って、「尊敬しましょう」と言われても、押し付けられている様に感じられるのですね。これは、「尊敬出来ない年寄りも、無数にいるけれど…。」という実感からも、そう思います。

私は、一般に用いられる「年寄りを敬う」という表現に、「老人を労る」という意味が含まれている様に感じます。本エントリーで紹介させて頂いた森博嗣さんも、掲示板にお書きになっていたのですが、「弱者(この表現が妥当かどうかは判りませんが)を労る」という観点は、とても重要だと考えます。ただ、やはり「敬う」という表現は、何か優れたパフォーマンスを発揮した人等に対して用いたいのですね。そういう意味では、言葉の遣い方に拘っているのかも知れませんね。

投稿: TAKESAN | 2006年4月28日 (金) 16:02

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