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2006年3月27日 (月)

注目の研究

川端裕人さんのブログ(リヴァイアさん、日々のわざ: 三月のうちに一段落を……)で、興味深い資料が紹介されていました。東京大学の松田剛氏の博士論文:『テレビゲーム使用時における前頭葉の血流変化:近赤外分光法による検討』です。論文紹介ページ⇒東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部

研究に用いたゲームが、「シューティング, リズムアクション, ブロック落とし, サイコロパズル」、「ブロック落とし, 乱闘アクション, 太鼓ゲーム」(上記リンク先より引用。概要には、具体的なタイトルは挙げてありません)と、ジャンルが偏っている事(ロールプレイングやシミュレーションゲームが無い)等、気になる点はありますが、短時間のゲーム使用時における、脳活動の変化の研究としては、(結果の解釈を含めて)かなり妥当なものであると思います。

以下、論文の要旨について、考察します(註:本文は、読んでいません)。

・実験1と実験2

上にも書きましたが、ジャンルに偏りがあります。本研究において、シューティングゲームやアクションゲーム等を用い、他のジャンル(ロールプレイングやシミュレーション)のゲームを用いない事の妥当性については、書かれていません(本文で、言及されている可能性はあります)。実験2の説明で、

子どもも成人と同様に、ゲーム開始直後からDFCの血流が低下する傾向にあり、その範囲や程度は素早い反応を必要とするゲームの方が大きいことが示された。以上の結果から、ゲーム使用時におけるDFCの血流低下は、年齢に依存しない現象であることが示唆された。

ここでの「ゲーム」は、実験に用いられた物(即ち、多種多様のゲームの、ほんの一部分)であるという事に、注意をする必要があります。つまり、この実験結果から言える事は、「ゲームをすると、一般的に、前頭前野の血流低下が起こる」、では無く、せいぜい、「ゲームには、前頭前野の血流低下を起こさせるものがある」という程度です。実験に用いられたゲームが、ゲームを代表するものであるかどうか、という事を、考えなければなりません(ゲームはそもそも多様なものですから、「代表的なゲーム」など、決められませんが。それが、ゲーム文化の特性であると思います)。

・実験3と実験4

実験3は、

実験1に参加した被験者のうち6名(男5, 女1, 22-28歳)が、実験1と同じ4種類のテレビゲームの映像と、2種類のゲーム以外の映像(自然風景, モザイク映像)を受動的に観察した。その結果、ゲーム以外の映像を見ているときよりも、ゲームの映像を見ているときの方が血流低下の範囲や程度が大きいことが示された一方で、ゲームの種類による血流変化の違いは認められなかった。

との事ですが、「ゲーム以外の映像を見ているときよりも、ゲームの映像を見ているときの方が血流低下の範囲や程度が大きいことが示された」、「ゲームの種類による血流変化の違いは認められなかった。」という部分は、ある意味当然の結果と言えます。被験者に見せた映像が、実験1で用いられたゲームの物であり、被験者が、実験1に参加した中から選ばれたのですから、実験1を再び行っている様なものです。この実験では、併せて、ゲーム以外の映像を見せて比較する、という目的がありますが、「自然風景, モザイク映像」の2種類の映像が比較対照というのは、妥当なのでしょうか。又、非ゲーム映像の観察時の内観報告は、無いのでしょうか。

実験4は、極めて単純化した選択反応課題を行わせるという、心理学的実験で、結果も妥当なものであると思います。この実験から言えるのは、この課題に類似した構造を持つゲームを行えば、同様の結果が得られるだろう、という事です。

・実験5と6

本論文で、最も重要な部分であると考えます。実験5は、

ゲーム使用時においても心的状態に関する認知活動が要求される場合には、DFCが活性化する可能性

を確かめる実験です。この実験結果から、松田氏は、

同じプログラムであるにもかかわらず、HL条件の方が面白いと評価した高評価群は、HL条件のときに対戦者が本物の人間であることを強く意識し、対戦者の心的状態に関する認知活動をより盛んに行っていた可能性が高い。

という推測を導いています。同一ソフトでも、状況によって、脳活動に異なりが見出されたという事は、とても重要です(高評価群のDFCが活性化した、という所にも注目です)。ここから、

1、2のように、テレビゲームを単独で使用する場合には、他者の心的状態に関する処理は必要ないため、当該処理を担うDFCが活性化する必要性はより減少すると考えられる。

という考えが導かれますが、言い換えると、「他者の心的状態に関する処理の必要の無いゲームは、他者の心的状態に関する処理を担うDFCを活性化させない」となります。これは、テレビゲームは、他者の心的状態に関する処理が必要無い、という前提条件から導かれたものですが、その前提条件が、ゲームの大部分に当てはまるものなのか、そうでは無いのか、という事を、考えなければなりません(少なくとも、実験1・2に用いたゲーム使用時には、その様な事が見出される、という事は言えるでしょう)。オンラインゲーム等では、明らかに、「他者の心的状態に関する処理」が必要な為、実験5の様な結果が見出される事が推測されます。物語が展開する、ロールプレイングやアドベンチャーゲームも、そうではないかと思います。ただし、これらのゲームを、単にクリアする事は簡単です。登場人物の心情等に、思いを馳せる事も無く、ただ記号の操作のみで進めていくのは、容易です。これは、小説を読んで、登場人物の名前やあらすじだけを何となく憶えていて、キャラクターの心理など、考えもしない、という状況に、似ています。ロールプレイングやアドベンチャーの、クリアのタイムアタックや、いわゆる「やりこみ」等は、この様なプレイスタイルでしょう(難度は全く異なりますが)。それらは、操作を洗練させ、いかに無駄なく進めていくか、という所に価値がある訳です。その様なプレイを行っている人の脳活動を測定すれば、実験1・2と同様の結果が得られるかも知れません。ただし、その様なプレイを達成するには、ゲームをする以外の時間に、色々活動を行わなければならないのですが。

実験6は、

視覚刺激に対する反応手順の学習過程において、学習初期には学習後期よりも高次運動野と前頭前野がより活性化しているという先行研究に注目し、同じく視覚刺激に対する反応手順を学習する必要があるテレビゲームにおいても、学習前後でDFCの活動が変化するか否かを検討した。成人6名(男5, 女1, 25-28歳)を対象に、レーシングゲームの練習前と練習後のDFCの活動を比較した結果、練習前の方が練習後よりも補足運動野に相当すると思われるDFC後方の部位が活性化していた(図5)。この結果は、ゲームに熟達することで運動の学習に関するDFCの活動が不要になったことを示唆している。

という内容です。これは、習熟度によって、脳活動に異なりがある、という事を示しています。

・結論部分

全く妥当な解釈であると考えます。特に、

したがってDFCの血流低下は視覚運動処理の効率化が求められるあらゆる作業において生じうるものであり、テレビゲームに固有の現象ではない可能性が考えられる。

この部分は重要です。一部の学者は、同様の実験結果を以って、ゲームは前頭前野の機能を低下せしめる、という主張を行っている訳ですが、これは、論理の飛躍です。

又、

本論文では取り上げることができなかった長期的なゲーム使用が人間の認知発達に与える影響や、その影響の個人差について検討したい。

とあります。本論文は、比較的短期的なゲーム使用、それも、かなり限定されたジャンルのゲームを用いて行われた実験である、という事を、念頭に入れておくべきでしょう。実証科学的方法を、文化現象の研究に用いる場合、どうしても、条件を統制して、状況を切り取らなければなりません。その切り取り方が妥当であるかどうかは、常に反省されるべきであると考えます。

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