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2006年2月11日 (土)

メモ:「ゲーム」研究について

「ゲーム」についての論評――「ゲーム」を、一様な性質を持っている文化と看做し、影響が云々と論を進める。

「ゲームを対象化」する――「ゲーム」という概念の必要十分条件を明らかにする。幾つかの条件によって定義された、「ゲーム」概念が、どの様な広がりを持ちうるかを考察する。多くの論評は、一部のゲームに見出される性質(つまり、必要条件では無い)を、他のゲームにも共通する性質であると看做す(過度の一般化)、という誤謬を犯している。例えば、「サッカーはスポーツである」と教えられた人が、「スポーツとはボールを扱う文化である」という誤りを犯す様なもの。この論理は、「ゲーム」だけでは無く、他の文化にもあてはまる。

「ゲームを批判する」論者と、「ゲームを批判する人を批判する」論者との視座の違い――前者は、「ゲーム」を、狭く、単純な文化であると考え、後者は、幅広く、多様性を持つ文化であると考える。認識のズレ。

「ゲーム」を取り巻くもの――ゲームの攻略記事を、雑誌やWEBで読む。ゲームについて、友人や家族と語らう。ゲームがきっかけで喧嘩する。ゲームを創る。ゲームを売る・買う。ゲームの「影響」について議論する。

文化に格付けをする事の危険性――ある文化を「劣等」と看做し、その文化を愛好する者や、当該文化の創造に関わる者を、非難・差別する。その認識を助長する概念装置が開発され、それがマスメディアに載って流布する。

局面――一つのゲームソフトでも、様々な「局面」が存在する。それを無視してはならない。

熟達度――ゲームにも、「上手・下手」がある。上達の度合いによって、認知活動に差が出る。

勝手な前提――ゲームについて語る際、「部屋に閉じ篭って」とか、「一人で」等の条件を、勝手に付け加える場合がある。それらは、「他の人間とコミュニケーションをとらずに」という、ネガティブな印象を含んでいる。大部分は、それらの条件を持つ(一人でプレイ出来、狭い空間でプレイ出来る)と考えられるが、それは、「一人でしかプレイ出来ない」という事を意味しない(「行動空間が狭い」事は、かなり一般的にあてはまると思われる)。

生活の時間配分――一日のどの程度の時間を、ゲームプレイに充てるか。

積極的悪影響論と消極的悪影響論――前者は、「ゲーム脳」論に代表される、ゲームが、心理・生理的に、薬物が与える様な(悪い)効果を持つと考える。後者は、運動をする時間が少なくなる。他人とのコミュニケーションの機会が減る、寝不足になる、等の主張をする。後者が主張する現象が現れる原因として、前者の主張する論を挙げる場合もある。

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