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2006年2月に作成された記事

2006年2月28日 (火)

過剰

最近、ワイドショーや特番で、トリノオリンピックに出場した選手の、境遇やエピソードを紹介しているものを見かけますが、その中には、いかにも、ドラマティックに演出して感動を引き出そう、という意図が見えるものがあります。選手の環境が恵まれていなかった事を強調し、その逆境を跳ね除けて活躍した、という事を、関係者のインタビュー等を交え、悲愴感をたっぷり込めたナレーションで演出します。

この様な、わざとらしい演出を見ると、却って白けてしまいます。確かに、選手の逸話を聞くと、より感情移入出来る、という事はあるでしょう。しかし、他人より恵まれない境遇を持ち、その逆境をバネにして活躍してきたのだ、という演出は、控えるべきではないでしょうか。選手に対して、努力しなかったから活躍出来なかったのだ、とか、頑張ったのだから、結果を残せなくても良いではないか、と言うのは、選手に対して失礼であると思います。私達は、選手の事を、表面的にしか知り得ないのですから。

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2006年2月27日 (月)

やっぱり?

ソニー、PS3は予定通り春発売・規格決定が遅れるとずれ込みも | Excite エキサイト : ニュースITmedia News:「PS3、今春発売」への疑問符

現時点で、価格も発売日も発表されていないのですから、春発売の可能性は低い、と言えるでしょうね。5月に発売するとして、3月頃に価格が発表されたら、ユーザーは戸惑うでしょう。そこそこ高価な商品ですから、発売日の1・2ヶ月前に発表されても、困るのではないかと思います。重要なのは、価格ですね。「この値段なら、今買わなくてもいいか。」という心理を抱かせない値段設定が重要です。「ゲーム機なのに、こんなに高いのか。」と思われるか、「このスペックで、この安さか。」と思われるか。高い/安いの線引きは、ユーザーがPS3に何を求めるか、によって異なるでしょう。あくまで「ゲーム機」と見るか、Blu-ray DiscやSACDを再生でき、Wi-Fiを内蔵しており、PSPと連動も出来る、等の、様々な機能を持つハイスペックマシンと見るか。前者の方が、価格に対しては、シビアかも知れません。その様な多機能マシンに関心の無いユーザーは、「ゲーム機の値段」として見て、「何でそんなに高いの?」と考える傾向がある、と思います。そういう意味では、「ゲーム」を求めるユーザーに対象を絞った任天堂の戦略は、とても解りやすいですね。

果たして、いつ、いくらで発売されるか、眼が離せません。

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2006年2月26日 (日)

考える

TBS | 「生命38億年スペシャル 人間とは何だ!?V」を観て。

全てを感覚に還元。箸と、フォーク・ナイフを使って食事をする際の脳活動を比較し(金魚すくいとTVゲーム、も)、日本文化は優れている、と言う。文化を切り分け、あれは脳を活性化させる/させない、と判断する(しかも、実験が杜撰)。そうやって、文化に序列をつくる。ひきこもりの青年についてのコーナー。引きこもりに対しての、ネガティブな印象付け。ひきこもりの人は、感覚の入力が乏しい、と言う。澤口俊之氏が、「傷付き易い遺伝子がある(「傷付く」とは、心が傷付くという事)」、と言う。

他に考えるべき事は無いのでしょうか。そんなに問題を単純化してどうするのでしょう。そうやって、物事を単純化してしまえば、楽だからでしょうか。そうすれば、すっきりと、納得がいくからでしょうか。複雑な事を複雑なまま理解しよう、とは思わないのでしょうか。

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2006年2月25日 (土)

未だに…

Yahoo!ニュース - 共同通信 - 茶髪の女生徒に黒スプレー 京都の高校教員を読んで。

こういう事が、まだあるのですね。「茶髪」なんて言葉、もう死語かと思っていました。そういえば、「茶髪の弁護士」と言われている人がおられたような…。

「日本人は黒髪であるべきだ」とでも考えたのでしょうか。愚かしいですね。

どうしても、黒髪で統一したいなら、入試の際(や説明会やパンフレットでの説明で)、「本校は、黒髪以外は認めない。生まれつき、黒髪でない人は、黒く染めて貰う」とでも言えば良いでしょう。その方が、フェアといえばフェアです。当然、差別的であるという意味で、大顰蹙を買う事は、間違い無しです(件の高校の校則は知りませんが、「髪は黒く」、というのがあったのでしょうか。あったら大問題です)。件の教師は、確信犯なのでしょうね。それが正しいのだと、思い込んでいたのでしょう。反省すべきですが、果たして、自分のやった事のどこが問題か、認識出来るでしょうか。

追記(2006年2月25日):リンク先のニュースでは、髪にスプレーをかけられた生徒が、「黒髪を茶色に染めていた」のか、「生まれつき黒髪でなかった」のか、について、言及されていません。このニュースについて書かれたブログ等を、いくつか拝見しましたが、「茶髪に染めていた」、という事を前提にして書かれているものもありました。私は、「生まれつき髪が黒く無い」生徒が、無理矢理スプレーをかけられた、と解釈したのですが(「人権侵害」という記述があったので)、件の記事からは、どちらであったかは判断出来ません。その意味では、私の書き方も、バイアスが掛かっていたと言えます。

私が、本エントリーで主張したかったのは、髪の色を校則で規定する事自体、ナンセンスである、という事です。※件の学校の校則で、髪の色が規定されていたのか、教師が独断で黒く染めたのかは定かではありませんが、「茶髪を理由に学生証用の写真撮影を学校に拒否され」(リンク先より引用)という記述から、その様な校則があったと推測出来ます。

追記(2006年2月25日):この件について書かれたブログを拝見すると、生徒に非がある、と考えている方もおられる様です。スプレーをかけた教師の行動が、(スプレーをかけた事を、事実であると前提して)問題である事は明らかですが、生徒の髪の色が、元々黒でなかったか、染めていたかが判らないので(他のメディアでは、報道されたのかも知れませんが、私は見つけられませんでした)、生徒を非難するのは早計であると思います。

又、上に、「髪の色を校則で規定する事自体、ナンセンスである」と書きましたが、「髪の毛は黒」とするか、「髪の毛を染めてはいけない」とするかで、事情は異なるでしょう。

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2006年2月24日 (金)

凝り固まった身体を解きほぐしてみませんか。

身体が、とても複雑なメカニズムを持つものである、という事を、自覚しましょう。身体はとても、開発のしがいがあるものです。

身体にこびりついた、「錆」を落としましょう。

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2006年2月23日 (木)

凝り固まった頭を解きほぐしてみませんか。

頭にこびりついた、「思い込み」を、洗い流しましょう。

自明の事と思われる、「常識」を、見直しましょう。

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2006年2月22日 (水)

心構え

知らない事は、「知らない」。解らない事は、「解らない」と、素直に認める様、心掛けたいものです。人間は、たかだか数十年しか生きられないのですから、得る知識には限界がありますし、勘違いする場合もあるでしょう。間違いを他人に指摘された際、無知や勘違いを認めたくないからといって、無理に言い訳をする必要は無い、と思います。

「無知の知」を自覚し、自分はまだまだなのだ、と認識する事によって、向上心が芽生え、「他人に学ぶ」という、謙虚な気持ちにもなれるのではないでしょうか。

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2006年2月21日 (火)

メモ:「ゲーム脳」論の問題点3

  • ゲームを、複雑な認知活動が余り介在しない、単純な文化であると看做している。比較的単純な、アクションゲームやパズルゲームを対象にしていると思われる。
  • 「ゲーム」はどの様な文化であるか、という事への、具体的な言及が無い。どのジャンルのゲームがどの程度売れているか、という事についても、詳しく言及されていない。
  • 「ゲーム」のどの因子が問題であるかが、詳しく言及されていない(ディスプレイの光刺激か?)。
  • 興味・価値観・意欲・動機等の因子が考慮されていない。被験者は、ゲームがどの程度好きか・嫌いか。好きなジャンルは何か。ゲームを上達したい、という意志があるか。そのゲームは、どの程度の難易度か(操作性の複雑さ等)。実験室でのゲームプレイに、不安は無いか。実験者についての印象はどうか、等。それらについて、心理学的な研究・考察を行ったか。

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2006年2月20日 (月)

「ちょっと」どころじゃ無い

おすすめのサイトです⇒福島中央テレビ ちょっと便利帳〔目次〕

あらゆる分野のデータが網羅されています。中には、かなりマニアックなものもあります。各省庁のデータベースへのリンクも豊富なので、とても重宝なサイトです。

これだけの情報が、手軽に無料で得られるとは、良い時代になったものです。

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2006年2月19日 (日)

氷上のチェス

カーリングの話です。リンクの長さは、40メートル程度もあるそうです。その距離で、数センチ単位のコントロールをするのですから、凄いですね。少々ルールが複雑ですから、取っ付きは良くないかも知れませんが、ある程度理解すると、とても面白く観られます。

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2006年2月18日 (土)

メモ:「ゲーム脳」論の問題点2

  • マスメディアによる「ゲーム脳」概念の流布。科学社会学的対象。
  • 「ゲーム脳」論の不備を理解するには、ある程度の科学的認識力が必要。
  • 「ゲーム」を、単純な、条件反応的動作のみで成り立つ文化である、と看做す誤謬。
  • ディスプレイのテキストを読む事と、紙に印刷されたテキストを読む事が、学習効果に違いをもたらすとしている。それは妥当か。示差的特徴を論理的に見出し、実験的に考察をしたか。文章は、紙に手書きした方が良い、とも主張する。それは妥当か。認知科学的に考察をしたか。
  • 専門家から、まっとうな反論が数多く出されたとしても、その正しい情報を流布する事は難しい。社会への情報伝達能力が高い(影響が大きい。特にテレビは、受像機があれば、放送は無料で視聴出来る)、新聞・テレビ等で、正しい情報が伝えられる事が望ましいが、そもそも「ゲーム脳」を無批判に流布したのが、マスメディアである事を考える。
  • ゲームを実際にプレイしている時間以外にも、攻略法を考える等、知的な作業を行う場合がある。現象を無理矢理切り取って、実験を行う。要素還元主義的認識。
  • ゲームをプレイする際、思考を最適化させるべく努力する。無駄な事を考えないで済む様、事前にイメージトレーニングを行い、戦略を練る。単純な脳活動を実現すべく、複雑な脳活動を行う、という事。
  • 対照の不足。他の文化についての研究結果も、充分な量提示する必要がある。他の文化を研究する際にも、これまでの論理は当てはまる。
  • 測定によるバイアスは考慮されているか。頭部に装置を取り付ける事への不安。自分の脳の状態が可視化される事への不安。研究者への信頼感。実験室の雰囲気。ゲームに対する興味の度合いが、実験者への態度を変化させる因子になり得る。
  • 例えば、スポーツをプレイしている時の脳波を測るとする。その選手はどの程度のレベルか。地方大会レベルか、全国レベルか、オリンピックレベルか。計測時は、どの様な局面であるか。比較的時間に余裕があり、戦略を練っていられる状況か。一瞬の判断と運動が勝敗を左右する、重要な局面か。実際にスポーツをプレイしていない場合でも、当該文化に関わる行動は必ずあるが、それをどの様に考察すべきか。
  • 「ゲームをする」という事は、本質的に娯楽であるから、他の文化より劣等であると看做しているかも知れない。漫画や映画も同様。スポーツ等には、「プロ」があるので、それが少ないのではないか。ゲーム(プレイヤー)にもプロはいるが、一般には殆ど認知されていないと思われる(対象を、ゲーム一般にまで広げれば、将棋や碁のプロが、社会的に高い評価を得ている、という事もある)。(コンピュータ)ゲーム文化と、映像・音声メディアの発達とは、密接に関係しているので、特定のゲームが、多数の人間に長期でプレイされる、という事は起こりにくいとも考えられる。
  • 「ゲーム脳」論によってバイアスを形成した人が、ゲームの愛好者の人格を非難する危険性。

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2006年2月17日 (金)

メモ:「ゲーム脳」論の問題点

箇条書きします。思いついたまま、羅列していますので、内容が重複する場合もあります。

  • 「ゲーム」の定義が無い。
  • 「ゲーム脳」の明確な定義が無い。
  • ゲームのどの部分が悪影響を及ぼすのかを、明確にしていない。
  • ジャンルに関しての詳しい考察が無い。
  • 局面についての詳しい考察が無い。
  • 熟達度についての詳しい考察が無い。
  • 「ゲーム脳」という概念を設定する事。メールやテレビにまで敷衍出来るならば、「ゲーム」を術語に含める事は妥当では無い。
  • ジャンルについての誤解。
  • 価値観の問題を、脳機能の低下と安易に結び付けている。
  • 個人的な印象を、安易に一般化する記述が見られる。
  • 被験者の、ゲームへの興味、について、考察されていない。

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2006年2月16日 (木)

ゲーム脳についての講習会

興味深いサイトを発見しました⇒各務原市公式ウエブサイト内、各務原市役所/講習「ゲーム脳・ケータイ脳を考える」に参加しませんか【総合教育メディアセンター】

紹介ページには、講習の内容が具体的に書かれていないので、「ゲーム脳」に肯定的なのか批判的なのか、はっきりとは判りません。講師の今井氏(東海女子短期大学教授)は、ITを、積極的に教育に取り入れておられる様ですから(WEBで検索して調べてみました。市民の情報リテラシー向上のためのNPOの、理事長もなさっている様です⇒K-ITシティーコンソーシアム)、批判的立場かも知れません。いずれにしろ、情報が少ないので、何ともいえないですね。

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あーあ…

TBS系の番組、『緊急大激論スペシャル“子供たちが危ない”こんな日本に誰がした!?全国民に“喝”!!』を観て。

現在の若者が悪であると決め付け、どの様にすればそれが改善されるか、という番組構成でした。

案の定、草薙厚子氏が、「ゲーム脳」論を開陳されていました。草薙氏が明言された訳ではありませんが、他のゲストの人達から、「ゲーム脳」という声が上がっていました。やはり、知識としては広まっているという事です。実に残念です。

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2006年2月15日 (水)

森昭雄氏の講演会

川端裕人さんの、リヴァイアさん、日々のわざ: 世田谷区からゲーム脳講演について回答が届くを読んで(2月4日分のエントリー⇒またしてもゲーム脳!!の続きです)。

この川端さんのエントリーについて、チェシャ猫(>_<)。 さんが、考察されています⇒So-net blog:白の女王内、ゲーム脳と世田谷区

チェシャ猫(>_<)。 さんは、

彼の人のみを講演に招くだけでなく、斎藤環氏のような、アンチ・ゲーム脳の人も招いて、両方の情報を均等に提供するのが区の姿勢としては正しいのではないか。

同等に権威付けされた「アンチ・ゲーム脳」の情報を同時に与えて、
取捨選択させるようにすれば、その流布もある程度はくい止められるわけだが。
それでも「ゲーム脳」に傾倒する保護者がいるとは思うがね。

と言われています。確かにその通りだと思います。講演会では無く、シンポジウム形式にする事や(これは現段階では無理でしょうが)、質疑応答に多くの時間を割いて、講演者と聴衆のコミュニケーションの機会を設ける事等、色々考えられます(勿論、批判的質問も受け付ける、という条件で)。世田谷区が現在、具体的に、どの様な段取りを計画しているかは、詳しくは判りませんが、充分な配慮をして頂きたいものです。

又、チェシャ猫(>_<)。 さんは、

下手に権威付けされた間違った情報でも、それが都合が良ければ
思考放棄してる保護者はそれに固執するから。
否定意見が如何に正しくても理解放棄して、都合のいい情報のみに固執するからなヽ(´д`)ノ

この様にも仰っています。講演会のタイトルが、「テレビゲームと子どもの脳」であり、演者が、『ゲーム脳の恐怖』の著者であるので、ゲームに対してネガティブなバイアスを掛けた人の認識を、益々強化してしまう可能性を懸念します。

世田谷区(世田谷保健福祉センター)は、文書で、

現時点では川端様が危惧されている「ゲーム脳」の概念を広めたり、啓発するという方針は無く、今後も次世代を育成していく上で家庭や地域でどのような取り組みが必要か、様々な視点から考えていきたいと思っております。
今回の講演会でも「ゲーム脳」という悪い面のみに焦点を当てた内容にせず、区が主催するという意味の大きさを講師に理解していただいた上で、当日の講演については打ち合わせを密にして、内容については慎重にしていく予定です。(川端さんのエントリーより、一部を引用)

という回答を出したそうですが、森氏は、「ゲーム脳を主張する学者」であり、「ゲームやPCやメールの弊害について、警鐘を鳴らす学者」です。その様な学者に講演を依頼しながら、”「ゲーム脳」の概念を広めたり、啓発するという方針は無く”と言うのは、納得しかねます。森氏の研究の骨子は、「ゲームをする人間には、前頭葉の機能低下が起こる」というものですから、講演で、それを主張しない事は考えにくいでしょう。たとえ、「ゲーム脳」という語を講演中には用いなかったとしても、森氏が『ゲーム脳の恐怖』の著者である事は、周知の事実です(講演のチラシにも書かれています)。そこから、「ゲーム脳」という語が広まるのは、充分に想像出来る事だと考えます。それを私は危惧します。”「ゲーム脳」の概念を広めたり、啓発”しない森氏、が、私には想像出来ません。

「ゲーム脳」論には、特定の文化に携わる人を、不当に貶める危険性があります。それがとても重要な問題なのです。言論を封じ込める必要はありませんが、せめて、自治体には、ある主張と、その反対意見とを、同時に収集出来るような場を設定して頂きたいですね。

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漸く…

ゲームボーイアドバンス用ソフト、『MOTHER3』の発売日が、公式発表されました⇒ITmedia +D Games:任天堂「MOTHER 3」発売日を公式発表――画面写真も公開

製作が発表されてから、もう10年近く経つのですね…。開発が中止されたという報を聞いた時には驚きましたね。

グラフィックは、昔の雰囲気そのまま、という感じですね。第1作が、1989年発売ですから、懐かしいですね。当時、それまでのRPGと違った、独特の世界観やゲームシステムに、新鮮さを覚えました。

新作は、どの様なゲームになるのでしょうか。

バリューセレクション MOTHER 1+2 Video Games バリューセレクション MOTHER 1+2

販売元:任天堂
発売日:2006/02/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年2月14日 (火)

便利?

面白いグッズを見つけました。さすがHORI⇒不定期連載 ゲームグッズ研究所【第49回】

ここまでしてゲーム中に物を食べるか?という感じもしますが…。まあ、ご愛嬌という事で。

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2006年2月13日 (月)

メモ:剣の振り2

振り下ろしと同時には、手首は返さない様に(尺屈させない)します。刃の根元が先行する様にイメージします。

脚の力を抜きます。腿裏を利かせます(高岡英夫氏の言う「裏転子」)。

ふくらはぎの緊張を、最小限に抑えます。ふくらはぎを使わない様に、と意識し過ぎて、却って固まってしまう場合があるので、注意を要します。

足を踏み込む際は、地にふわりと置きます。決して、地面を叩く様に行ってはなりません。

無闇に速く振らない様、心掛けます。

何回振っても、手にマメが出来ない様に心掛けます。常に柔らかく握ります。

主観的な、「力が漲っている感じ」というのは、身体に無駄に入っている力、に対する認知の場合があります。例えば、上腕の伸・屈筋群を同時に出来る限り収縮させると(力こぶを出す状態)、その様な感じを覚えますが、物理学的にはそれは(肘・肩関節の運動を阻害するという意味で)不合理な運動です。その様な拘束的な身体意識に対して、肯定的な意味づけを行う事は、避けなければなりません。

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2006年2月12日 (日)

手の裡

テニスのシャラポワ選手や、野球の松井秀喜選手は、手にマメが無いそうです(シャラポワ選手は、インタビューした方の証言。松井選手は、ご本人の証言)。

手にマメが無いという事は、力を抜いて、グリップに手の平を馴染ませる様に握っている、という事を意味しています。特に松井選手は、はっきりと、力を抜いて握る、と仰っていました。

運動科学者の高岡英夫氏は、この様な柔らかい握り方を、「液圧」と概念化されています(正確には、「液圧」は、もっと一般的な概念なので、「液圧のメカニズムによって得物を握る」、と言うべきですが)。

「私がこれまで各所で語ってきたことですが、高度な身体運動にとって「脱力」とは、全身の筋肉に収縮と弛緩を適正に配分することだけでなく、収縮させる筋肉にも絶妙の筋力バランスと収縮の質の高さを含むものです。この例で言えば、親指、人差し指系の筋群は弛緩させ、薬指、小指系筋群は収縮させ、中指は中間的に弛緩させるというだけでなく、小指・薬指・中指の筋力バランスは無上に滑らかに三指の中を流動変化し、さらにその筋出力の質自体も強靭かつ柔軟で弾力的なものでなければならないということなのです。私はこの収縮系の術理を「液圧」と呼んでいます。硬い骨を力の伝達装置としているにも拘らず、液体を力の伝達装置とする以上に、滑らかな変化流動性と柔軟性に富んだ磐石の手掌内圧を生み出すのです。」(高岡英夫:『月刊秘伝 2003年4月号』,BABジャパン※文は増井浩一による)

上記引用は、宮本武蔵の刀の握り方について言及されている部分ですが、このメカニズムは、当然他の種目にも当てはまります。

シャラポワ選手や松井選手は、「液圧」でラケットやバットを握り、超一流のパフォーマンスを発揮している、と言えるでしょう。手と道具を密着させ、手から道具が離れない分だけの、ギリギリの筋収縮を行っているのだと考えられます。道具を「握り締める」事は、力学的にも、生理学的にも、とても不合理です。道具を支える最小限より大きい力を加える事は、力学的に無駄ですし、余分な筋収縮の為にエネルギーを消費する事にもなります。又、手を強く握り込むと、手首や肘の自由な運動を阻害します。それは延いては、道具の合理的な運動を阻害する事にもなります。武術の達人の教えに、「力はあっても良いが使ってはならない。」というものがありますが、これは、上の様な不合理な身体の使い方を戒めているのでしょう。

手のマメや胼胝を誇る人がいますが、それは、マメや胼胝を、「努力」を象徴する記号であると看做している、と思われます。マメや胼胝が出来る程練習しているのだ、と。それは、「言い訳」をするための装置にもなります。「これだけ努力して駄目だったのだから、仕方が無い。」という具合に。マメや胼胝が、「不合理な身体運動」の産物である可能性を考察せず、自己満足に陥っている、と言えるでしょう(マメや胼胝が出来る事自体を否定するものではありません。種目によって力学的条件は異なりますので、一概には言えません)。

常に、「自分がやっている事は、果たして妥当なのだろうか。」という、反省的認識を持つべきだと考えます。

武蔵とイチロー Book 武蔵とイチロー

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五輪書 Book 五輪書

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宮本武蔵 実戦・二天一流兵法―「二天一流兵法書」に学ぶ Book 宮本武蔵 実戦・二天一流兵法―「二天一流兵法書」に学ぶ

著者:宮田 和宏
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2006年2月11日 (土)

メモ:「ゲーム」研究について

「ゲーム」についての論評――「ゲーム」を、一様な性質を持っている文化と看做し、影響が云々と論を進める。

「ゲームを対象化」する――「ゲーム」という概念の必要十分条件を明らかにする。幾つかの条件によって定義された、「ゲーム」概念が、どの様な広がりを持ちうるかを考察する。多くの論評は、一部のゲームに見出される性質(つまり、必要条件では無い)を、他のゲームにも共通する性質であると看做す(過度の一般化)、という誤謬を犯している。例えば、「サッカーはスポーツである」と教えられた人が、「スポーツとはボールを扱う文化である」という誤りを犯す様なもの。この論理は、「ゲーム」だけでは無く、他の文化にもあてはまる。

「ゲームを批判する」論者と、「ゲームを批判する人を批判する」論者との視座の違い――前者は、「ゲーム」を、狭く、単純な文化であると考え、後者は、幅広く、多様性を持つ文化であると考える。認識のズレ。

「ゲーム」を取り巻くもの――ゲームの攻略記事を、雑誌やWEBで読む。ゲームについて、友人や家族と語らう。ゲームがきっかけで喧嘩する。ゲームを創る。ゲームを売る・買う。ゲームの「影響」について議論する。

文化に格付けをする事の危険性――ある文化を「劣等」と看做し、その文化を愛好する者や、当該文化の創造に関わる者を、非難・差別する。その認識を助長する概念装置が開発され、それがマスメディアに載って流布する。

局面――一つのゲームソフトでも、様々な「局面」が存在する。それを無視してはならない。

熟達度――ゲームにも、「上手・下手」がある。上達の度合いによって、認知活動に差が出る。

勝手な前提――ゲームについて語る際、「部屋に閉じ篭って」とか、「一人で」等の条件を、勝手に付け加える場合がある。それらは、「他の人間とコミュニケーションをとらずに」という、ネガティブな印象を含んでいる。大部分は、それらの条件を持つ(一人でプレイ出来、狭い空間でプレイ出来る)と考えられるが、それは、「一人でしかプレイ出来ない」という事を意味しない(「行動空間が狭い」事は、かなり一般的にあてはまると思われる)。

生活の時間配分――一日のどの程度の時間を、ゲームプレイに充てるか。

積極的悪影響論と消極的悪影響論――前者は、「ゲーム脳」論に代表される、ゲームが、心理・生理的に、薬物が与える様な(悪い)効果を持つと考える。後者は、運動をする時間が少なくなる。他人とのコミュニケーションの機会が減る、寝不足になる、等の主張をする。後者が主張する現象が現れる原因として、前者の主張する論を挙げる場合もある。

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2006年2月10日 (金)

PSPソフトをサラウンドで

ITmedia +D Games:簡単接続・低価格――ヘッドフォンで簡単サラウンド (1/2)

こちらの記事の、2ページ目で紹介されているヘッドホンは、なかなか良いですね。

これがあれば、一々対応のAVアンプに繋ぐ必要も無いですし、デコーダが小型なので、持ち運びも容易ですね。

オフィシャルサイトの製品紹介はこちら⇒Creative HQ-2300D Headphones

おまけ

下記リンクの下の方に、「ドルビーヘッドフォン効果の簡単確認をしてみる!」というリンクがあります。ヘッドホンを着けてお聴き下さい。※リンクを開くといきなり音が鳴り出すので、ご注意を。

ドルビー | ドルビーとライフスタイル | ホーム エンターテイメント
              ↓
http://www.dolby.co.jp/consumer/home_entertainment/simplesurround04.html

恐らく、体験された事の無い方は、音の違いに驚かれるはずです。

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2006年2月 9日 (木)

面白そう

これは試してみたいですね⇒ソースネクスト、1万字の文章を5秒で要約できる「ズバリ要約」

自分の文章を要約させたら、どんな感じになるでしょうね。

こちらに、要約の例があります⇒ソースネクスト・ドットコム/文書作成ソフト/ズバリ要約

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2006年2月 8日 (水)

議論

初めは冷静で客観的な議論でも、どんどん感情的になって、収拾がつかなくなる、という事があります。掲示板の議論では、相手の素性を穿鑿したり、勝手に容姿を設定して、それを貶す、という事もあります。荒らし目的の人が、わざとその様な投稿をする事もありますが、議論の当事者が、煽りにのってしまって、場が益々荒れてしまう事もしばしばです。

なるべく冷静でありたいものです。

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2006年2月 7日 (火)

ゲーム脳、かな?

川端裕人さんの、リヴァイアさん、日々のわざ: 川淵さん、あなたものですか……(註:タイトルは原文のまま)を読んで。

川端さんが言及されている記事はこちら⇒スポーツナビ | ニュース | サッカー通じて道徳教育 日本協会プロジェクト発足

共同通信によると、川淵三郎氏は、

テレビゲームが脳の発育に与える悪影響を指摘した上で「子供たちの人間性を培う部分で、もっとサッカー協会がかかわった方がいいと思う」と説明した。

との事です(上記リンク参照)。

注目すべきは当然、「テレビゲームが脳の発育に与える悪影響を指摘した上で」という部分ですが、この記事だけでは、川淵氏が、具体的にどの様に発言されたは解りません。議事録等があれば、発言内容は明らかになりますが、記事の内容だけでは、川淵氏が、「ゲーム脳」等に具体的に言及されたか、川島隆太氏の研究等を念頭に置いた上での発言をされたか、はっきりとは解りません。ニュースサイトをいくつか検索してみましたが、詳細な発言内容を紹介した記事は見つけられませんでした。川淵氏が、「悪影響」とはっきり発言されたかどうか、というのも、重要なポイントであると思われます。

ただ、この記事からは、川淵氏が、テレビゲームにネガティブな印象をお持ちである、という事は伺えます。そして、その印象を、サッカーによる道徳教育を推進する、という文脈に埋め込んで発言された事には、違和感を感じます。「テレビゲーム」という具体的なものについて発言されたという事は、件の記事からはっきりしていますが、それを、「道徳教育」との比較の対象として持ってくる事は、妥当では無いと言えるでしょう。わざわざ「テレビゲーム」を比較対象とした事は、ゲームに相当のマイナスイメージを持っているのではないか、と推測する根拠にはなるかも知れません。

川端さんのエントリーで面白かったのが、

ということは、ゲームばかりやっているやつは、ゲームでできる道徳教育やら、「人間性を培う」諸々をすることも考えたほうがいいのか?? なんて、一瞬考えた。

この部分。これは、結構興味深い問題ですね。「道徳とは何ぞや」という事や、それを教育するとはどういう事か、という事まで含みますからね。難しい話です。個人的には、「道徳心を育成する為のゲーム」等が発表されたら、嫌悪感を覚えるでしょうね。

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職人芸

テレビで、ソロバンが出来るまでの過程を紹介する番組を観ました。

一人の職人が、珠を一つ一つ削り、磨き上げ、軸の一本一本を丹念に削り出して、長さ太さを調えます。気の遠くなる様な作業を繰り返し、やっと一挺のソロバンが仕上がるのです。それぞれの作業には、高い精密さが要求され、ほんの僅かのズレが、失敗に繋がります。職人は、その繊細な仕事を、淡々とこなしていきます。その姿には、美しささえ感じられました。そこには、長い年月、沢山の人によって培われてきた叡智と、職人の見事な身体運動との素晴らしい融和がありました。

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2006年2月 6日 (月)

ちょっと意外

朝日放送の、『NEWSゆう』という番組のサイト(NEWSゆう)の記事⇒「時流」 TVゲームと少年犯罪の関係(2005/04/01)を読んで。

私は放送は観ていないのですが、マスメディアがゲーム脳に関して、記事にある様な、冷静で妥当な内容の報道を行った、という事に驚きました。

他の報道機関にも見習って頂きたいものです。

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2006年2月 5日 (日)

ブログ紹介

斉藤由多加さん(『シーマン』等の開発者)の、斉藤由多加のBlogです。

中でも、中学生のためのゲームクリエーター講座 in 斉藤由多加のBlogは、実に興味深い内容です。斉藤さんの言葉には、実際にゲーム開発に関わってこられた方の、「重み」が感じられます。

一読をお薦めします。

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2006年2月 4日 (土)

またしてもゲーム脳!!

川端裕人さんの、リヴァイアさん、日々のわざ内、うわっ、ゲーム脳の講演会!を読んで。

川端さんによると、世田谷区主催で、森昭雄氏の講演会が行われる様です(チラシの内容を確認出来ます)。世田谷区教育委員会と共催、という事も驚きです。

川端さんが教育委員会に宛てた手紙の内容は、全く妥当なものですが、受け取った関係者は、どう反応するでしょうか。さすがに、講演を中止する、という事は無いでしょうけれど。

この様な講演会に出席する人は、「ゲームと脳の関係」に興味を持っていて、尚且つ、ゲームにネガティブな印象を持っている、と推測出来ます(『ゲーム脳の恐怖』を読んでいて、その非科学性を認識している人は、わざわざ行かないでしょう。公演内容をチェックする為に行く、という事はあるかも知れませんが)。聴講して、森氏の論に胡散臭さを感じるか、自らの直感(ゲームは脳に悪いのではないか)を補強する理論として、肯定的に受け取るか…。せめて、講演中に、聴講者の質問を受け付ける時間を設けて欲しいものです。質問はシンプルに、「森先生、ゲームってそもそも何ですか?」で充分です。

川端さんも手紙に書かれていますが、

単にゲーム好きというだけで「キレる子」というレッテルを貼られるような差別につながりかねないとも懸念します。

これはとても重要な事です。ある説(「ゲームは脳に悪い」という説。しかも主張者は、これが科学的真理であるかのごとく吹聴しています。つまり、森氏にとっては、「仮説では無い」、という事です)を無批判に受け入れて(「大学の先生が仰る事だから、真実に違い無い。」と考えて)、その認識を基にしてレッテルを貼る、という事は、明確な差別です。

「嫌いなもの」を、「悪いもの」に短絡してしまえば、楽なのです。自分が嫌いなものは、人間に害悪を与えるものだったのだ、と認識すれば、あとはそれを遠ざければ済むからです。自分があるもの(ここではゲーム)を嫌いだったのは、ちゃんと理由があったのだ、と正当化出来るのです。「ゲーム脳」等は、その様な認識を形成する為の、恰好の言語装置なのでしょう。

何度も書きますが、「ゲームが人間に与える影響」、というものは、人文・社会科学的にも(こそ)考察すべきであって、自然科学的実験のみで解ける様な単純な現象ではありません。その事を、念頭に置くべきであると考えます。

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2006年2月 3日 (金)

ガングル

面白いサイトです⇒Gungle::ガンプラ作例一発検索

色々な検索が出来て興味深いですね。

マップ検索とプラモ屋検索が良い感じです。

今はまだ少ないですが、もっと登録数が増えると、ガンプラ情報検索サイトとして、とても重宝すると思います。

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2006年2月 2日 (木)

このタイトルは…

タイトーが、ニンテンドーDS用の、調理をテーマにしたソフトを発表しました⇒料理の楽しさを伝えるバラエティゲーム。タイトー、DS「クッキングママ」クッキングママ - Nintendo iNSIDEクッキングママ - / ファミ通.com

「インタラクティブな料理本」、といった所でしょうか。色々な料理の材料や調理の手順を、楽しみながら憶えられそうですね。実際の料理のシミュレーションとしても、結構役立つのではないでしょうか。「実際の料理とゲームは違う。」という声が聞こえてきそうですが。まあ、実際に料理をしてみれば、「違い」など直ぐに解りますからね。基本的には、ゲームはゲームとして楽しめば良いと思います。上級者用として、有名料理人のオリジナルレシピを作る、というバージョンがあっても面白いかも知れません。

俺の料理 PS one Books Video Games 俺の料理 PS one Books

販売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント
発売日:2002/03/28
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2006年2月 1日 (水)

埋没

社会的に、優れていると評価されている組織、に属する人が、他の組織に属する人を非難する事があります。

自分は優れた組織の構成員である、という自覚(というより自惚れ)が、当該組織への批判的認識を失わせ、他の組織への排他的認識を増大させます。例えば、「自分は○○流を習っているんだ。××流なんて大した事無いよ。」、「△△大学?ああ、そんなの□□大学に比べるとねえ…」等です。

「優れている」、「劣っている」と、評価をする場合には、何故そう評価するのかを、明確に説明出来なければなりません。そして、自らの拠って立つ体系が優れたものだとしても、それは自分の能力とは相対的に独立したものである、という事を認識しなければなりません。

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