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2006年1月10日 (火)

自覚

西條剛央さんの、西條剛央のブログ:構造構成主義の、「保守派筆頭」としての構造構成主義というエントリーを読みました。

学者として、真に誠実で、謙虚な態度を持っていらっしゃる、と感じました。西條さんは、

  • 相手の主張をしっかり踏まえ,その優れている点を認めた上で,それでも違和感のある箇所については,妥協せずに指摘し,さらに持論を展開する。
  • ある思想や理論の底に流れる「理路」そのものは,その「理路」さえ掴んだという感触があれば,ちゃんと議論することはできる。
  • 膨大な知識を持っていない人にしか発言権をもたせなかったりするのは,おかしい。
  • どんなに知識を持っている偉い人あっても,「1+1=3」といったら,それは基本的に「間違っている」といわねばならない。

     したがって,もし「それは2ではないでしょうか」と過ちを指摘されたのに対して,「君のいうことを聞くつもりはない!」とかキレる人は,権威主義者ではあるが,学者(研究者)ではない。
  • 学者ならば,「あ,ごめんごめん,そりゃそうだね」と認めれば良いのである。
  • 恥ずべきは,「間違えを認めようとしない頑迷な態度」に他ならない。

引用者註:上記は、引用元から抜粋したものです。接続詞を省略している所もあるので、ニュアンスが変わってしまったかもしれません。是非引用元をご参照下さい。

等、学者が須らく肝に銘じておくべき、重要な心得を表明されています。

誰しも、「自分が間違っている」とは考えたくないものです。長年かけて構築したものであれば尚更です。しかし、そこで意固地になって、「いや、自分が正しい」と頑張れば、それ以上前に進む事は出来ないでしょう。

必要なのは、「自分は果たして正しいのか」と自問し続ける事(勿論、「正しさとは何か」という問いもあるでしょう)、そして、他人の適切な指摘を受け入れる謙虚さ、ではないでしょうか。

所詮、我々は、たかが数十年しか生きる事が出来ないのです。それなのに、現場に埋没して、小さな事に拘っていたのでは、人生損をする、と思います。

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