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2006年1月に作成された記事

2006年1月31日 (火)

メモ:剣の振り

剣を振る際には、「剣先を動かそう」と認知するのでは無く、腕肩の力を抜いて、それを「落とす様に」振り下ろします。剣先を動かそうとすると、小手先で剣を扱ってしまいます。

手の内は柔らかく、柄に馴染ませる様にして握ります。手首は若干背屈させます。

肘は余り屈伸させず、剣が滑らかに運動する様に腕をコントロールします。

上腕の力は抜きます。

剣の運動方向と刃筋が一致する様、心掛けます。

「最も剣が合理的に運動するには、身体をどう動かせば良いか。」という事を常に考えます。

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2006年1月30日 (月)

ロケーションフリー

話題としては少々古いですが⇒ITmedia +D LifeStyle:「PSP」を“テレビ以上”にするロケーションフリー (1/3)LocationFreeTV ロケーションフリーテレビ

地上波のTV番組を視聴出来るという事はともかくとして、録画・録画予約や、録画した番組、DVDを視聴出来るのは、とても良いですね。

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2006年1月29日 (日)

年齢

人の能力を評価する際に、年齢を第一義にするべきでは無いと思います。年齢というものは、あくまでも目安の一つであって、それを過度に重視すると、バイアスが掛かった判断をしてしまう可能性があります。「どうせ若いのだから…」とか、「年寄りが何を言っているのだ。」の様に。

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2006年1月28日 (土)

テロップ

テレビのインタビューで、画面にテロップが出る事がありますが、発言者の意図とずれているのではないか?と感じる文章を良く見かけます。括弧で括って補足しているのを見る事もありますが(例えば、「(○○について)こうだと思います。」等)、これも、「いや、それについて語ってはいないのでは…」と感じる事があります。

なるべく、発言者の意図を正確に記述するよう、心掛けるべきではないでしょうか。

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2006年1月27日 (金)

ライト

絶好調の任天堂が、ニンテンドーDSの上位機種を発表しました⇒ 明るい液晶を搭載し薄く軽くなった「ニンテンドーDS Lite」が発売:Slash Games (オンラインゲーム総合サイト) 2006/01/26ニュースリリース(任天堂)

すっきりとしたデザインで良いです。ディスプレイが明るくなった、というのも良いですね。

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2006年1月26日 (木)

マネー至上主義?

佐山展生さんの、Random Talk 佐山展生 : I think... 現在の思いのエントリー、マネー至上主義で幸せになれるか?: ライブドア問題 4を読んで。

佐山さんは、「マネー至上主義」を、「何よりもお金が一番大事」として、

マネー至上主義を支持する方々が少なからずおられるようです。恐らく年配の方というよりも若い方々だと推察されます。(引用者註:強調は原文のまま。以下同様)

と書かれています。前半はともかくとして、後半の、「恐らく年配の方というよりも若い方々だと推察されます。」という部分の根拠がいまひとつ解りません。恐らく、ご自身の観察からそう推測されたのだと考えられますが。

後段では、

しかし、あるレベルを超えるとむしろ幸せにならないような気がしてなりません。大金持ちはみんな幸せだと思いますか

と仰っています。「あるレベル」というのが曖昧ですし(幸せにならなかった時点が、「あるレベル」だと仰っているのでしょうか)、「大金持ちはみんな幸せだと思いますか。」の部分は、「大金持ち」と、「何よりもお金が一番大事」とを、無理に結び付けておられる様に思います。「幸せ」などというものは、個人的・主観的な認知であって、金があっても無くても、どう感じるかは、その人次第、ではないでしょうか。「マネー至上主義者」であれば、「大金持ち」=「幸せ」という価値観を持っているかも知れません。

大金持ちになればなるほど、お金目当てに寄って来る人が増え、本当の友達ができなくなります。

これも良く解りません。寄ってくる人が増えるのは、そうなのかもしれませんけれど、「本当の友達」が出来なくなるのかどうかは、金のある無しにはそれ程関係無いのでは?それは、「寄っていく」側の問題だと思います。それから、「本当の友達が欲しい人」は、「マネー至上主義では無い」のでは?「何よりもお金が一番大事」では無い、のですから。

そして、

誰かが、お金持ちで幸せな人を見たことがないと言っていたような気がしました。私は、お金は最終の目標ではあり得ないのではないかと思います。

こう締めくくられています。「お金持ち」が、「お金が最終の目標」である、と考えている、と短絡されている様に見受けられます。

「マネー至上主義」を批判されたいのか、「金持ち」を批判されたいのか、良く解りません。

「金がある」事と、「何よりもお金が一番大事と考える」事は、同じではありません。

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2006年1月25日 (水)

ダウンロード

セガ、主要PCタイトルのダウンロード販売を開始

今後、パッケージメディアでのゲーム販売というのは、減ってくるでしょうね。いわゆる家庭用ゲーム機では、また事情が違うかもしれませんが。

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2006年1月24日 (火)

これで良いのか?

昨日、ライブドアの堀江社長が逮捕されました。マスメディアはこぞって特番を組み、この事件に関して報道していました。逮捕される前にも、まるで容疑が確定したかの如き報道をし、印象を操作している様に見受けられました。あの様なメディアの姿勢には疑問を感じます。

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2006年1月23日 (月)

HDD携帯

日本初のHDD内蔵携帯電話が発表されました⇒ITmedia +D モバイル:ついに登場、4GバイトHDD携帯──「W41T」

HDDを搭載するメリットがどの程度あるのか、微妙な所ですが。

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2006年1月22日 (日)

脱力

「私がこれまで各所で語ってきたことですが、高度な身体運動にとって「脱力」とは、全身の筋肉に収縮と弛緩を適正に配分することだけでなく、収縮させる筋肉にも絶妙の筋力バランスと収縮の質の高さを含むものです。」(高岡英夫:『月刊秘伝 2003年4月号』,BABジャパン※文は増井浩一による)

重要なのは、「脱力」という概念に、「必要な筋肉を適切に収縮させる」という意味が含まれる、という事です。この論理を認識する事はとても重要です。人間の運動は、筋肉の収縮に拠って起こるわけですから、「脱力」と言って、ただ何となく全身の力を抜く、というのでは、不足です。「必要な筋肉を収縮させて、他の筋肉は弛緩させる」という認識を持って初めて、「では、”必要な筋肉”とは何か」、「不必要な筋肉を弛緩させるにはどうすれば良いか」という事を具体的に対象化出来るのです。

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2006年1月21日 (土)

入門書

「○○入門」と銘打ってある本を見かけます。哲学入門や心理学入門、社会学入門、等々。ですが、読んでみて、「…これが、入門書?」と思う事があります。入門書であるから、その分野の予備知識が殆ど無い読者を想定するべきなのに、ある程度の知識がある事を前提として書かれていて、「これを読みこなせるなら、”入門”などする必要は無いのでは?」と思う事もしばしばです。大学のテキスト等を読むと、特にそう感じます。学問的水準を落とさずに(解り易く書こうとして、必要な事を省略している物も見かけます)、出来るだけ平易に記述する事を心掛けるのが、「腕の見せ所」、だと思うのですが。

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メディア

ライブドア-マスメディア-マネックス-東証ショックが起こりました。

マスメディアは、自分達の報道が偏っているとは、微塵も思っていないのでしょうね。

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2006年1月20日 (金)

視覚の限界

運動を観察して評価する事があります。ところが、全く同じ様な動きに見えても、バイオメカニクス(生体力学)的にはかなり異なる現象である場合があります。例えば、「肘を約90度屈曲させた状態で静止させている(上腕はほぼ垂直。肩に対して肘は下)」という場合、前腕をぎりぎり支える程度に上腕屈筋群を収縮させているのと、上腕の拮抗筋を同時に収縮させて前腕の位置を固定しているのとでは、外見は同じですが(勿論、腕を露出していた場合には、視認出来るでしょう)、筋出力の状態は全く異なります。違いが微細になると、視覚的には認識出来なくなります。

身体運動を分析する際には、この様な論理を踏まえておく必要があるでしょう。

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2006年1月19日 (木)

自負?

「自分は他人とは違う事をやっているのだ。」という自負は、ともすれば自己満足に陥る危険性を孕んでいます。

驕る事無く、冷静に自己を見つめたいものです。

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2006年1月18日 (水)

冒険の旅

結構古い記事ですが⇒『ドラクエVIII』北米版が発売、その魅力に迫る

敵に遭遇すると、物事はきっちり順序よく進行し(スクリーンショット)、素早い操作で反応する必要はない。キャラクターにやらせたいアクションを選べば、戦いは自動的に行なわれる。プレイヤーが自由に選べるのは、武器を使った攻撃、魔法の呪文、いくつかの特殊な能力などだ。

これは、最近のRPGにアクション要素が取り入れられている事との対比なのか、それともRPGを殆どプレイした事が無い人への案内なのか…。

モンスターたちとの戦い(スクリーンショット)に巻き込まれるのは楽しい。というのも、戦いはすぐに終わるし――ときには厄介なものもあるが――得られるものは大きいからだ。たびたびレベルアップするし、そのつどパワーや新しい能力が大幅に増える。

RPGの新作のレポートなのに、この様な(RPGをする人にとっては)常識的な事をわざわざ記事に書く、というのもなかなか…。この「常識」を説明するのに記事の大部分を割いているのが面白いですね(もしかすると、常識では無いのかも知れません)。

最後の一文が良いです。

90時間を注ぎ込めるような冒険を求めているのなら、『ドラクエVIII』が最高の選択であることに疑いの余地はない。

これは褒めているのですよね?

著者は、ゲームにかなり造詣が深い方の様ですが…。

「RPG」に対する認識のズレがあるのかも知れません。

ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君 Video Games ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君

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交響組曲「ドラゴンクエストVIII」空と海と大地と呪われし姫君 Music 交響組曲「ドラゴンクエストVIII」空と海と大地と呪われし姫君

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「ドラゴンクエストVIII」オリジナル・サウンドトラック Music 「ドラゴンクエストVIII」オリジナル・サウンドトラック

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2006年1月17日 (火)

お気に入り

私のお気に入りの歌手をご紹介します。

諫山 実生(いさやま みお)さんです。

素晴らしい声、歌唱力です。オフィシャルサイトでは、試聴も出来ますので、是非お聴き下さい。

Woman Music Woman

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恋愛組曲~ONE AND ONLY STORY~(CCCD) Music 恋愛組曲~ONE AND ONLY STORY~(CCCD)

アーティスト:諫山実生
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春のかほり     (CCCD) Music 春のかほり (CCCD)

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ハナコトバ~花心詩~ Music ハナコトバ~花心詩~

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撫子の華      (CCCD) Music 撫子の華 (CCCD)

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2006年1月16日 (月)

私淑

アド仙人さんの、山梨臨床心理と武術の研究所内、勝手に師事した恩師たち4・身体論の怪人・高岡英夫を読んで。

※以下、読者の皆さんが、高岡英夫氏をご存知である事を前提にして書いています。下部に、高岡氏の著作検索(アマゾン)へのリンクを貼っておきましたので、興味のある方はどうぞ。

WEB上で、高岡氏に対する論評はあまり見られないので(あっても的外れ)、こちらを見つけた時には嬉しくなりました。

私も、アド仙人さんが仰る様に、高岡氏は天才であると考えています。高岡氏といえば、毀誉褒貶相半ばする方ですが、絶賛する人も非難する人も、高岡氏の研究をしっかり理解している様には思えません。高岡氏の学問的視座は広大で、自然・人文・社会科学に関する広く深い知識をもっていなければ、正確に(肯定的に)評価する事も、論理的に批判する事も出来ません。

初期の著作は、学問的に、「読み応え」のある内容で、そのレベルの高さには驚かされます。私など、目から鱗が1000枚位落ちました。高岡氏の批判者の中にも、初期の著作は評価出来る、という人がいます。

身体意識論を開陳された辺りから、本格的な学術書の公刊は少なくなりました。個人的には、武道論シリーズの続刊や、運動科学の教科書的書物の出版を期待しているのですが、最近は、ゆる体操の普及と、その効果の実証的研究にウエイトを置いておられる様です。社会的貢献という事が念頭にあるのだと思います(理論体系が変化しているという事もあるのでしょうけれど。初期と現在では考え方が違う所がある、という事を明言されていますし)。

高岡氏の著作を読むと、自分が疑問に思っていた事に対する答えが、到る所に散りばめられているのです。「瓦重構造」しかり、「AFS」・「BFS」しかり、「エティミック」・「イーミティック」しかり、「究極の身体」しかり、「身体意識」しかり、「ゆる」しかり。

そもそも私が学問を追求しようと考えたのは、高岡氏の著作を完全に読解しようと考えたからです。いくつか著作を読んで、「全部は解らないけれど、これは凄いぞ」と感じ、「これを全部理解したい」、と思ったからです。各所で批判もされていましたが、その批判が妥当であるかどうかを確かめる為にも、深い学問的認識を鍛える必要がある、という事も考えました。一部には、高岡理論の表面だけを見て、非論理的な非難を繰り広げる人、逆に、鵜呑みにして、解った様な気になっている人もいます。私はそのどちらでもなく、しっかりと学問的認識を身に付けた上で、肯定的に評価すべき所はそうするべきだし、批判すべき所は論理的に批判するべきだと考えています。

高岡氏の著作検索へのリンクです。ご参照下さい。⇒Amazon.co.jp: 高岡 英夫: 検索結果 本

  • 公立の図書館には、大体置いてあると思います。
  • 初期の著作は、記号論・言語社会学・構造主義・社会心理学等を駆使して、身体運動文化、延いては文化一般を解読する、本格的学術書です。トレーニングにいそしんでいる方には、「鍛錬シリーズ」がお薦めです。
  • 後期(1995年頃以降。この分類は便宜上です)の著作は、現象学的考察に基づいて構築された推測的理論、「身体意識」論についての著作や、「ゆる体操」についての啓蒙書等です。身体論に興味の無い方は、読まれない方が宜しいと思います。

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2006年1月15日 (日)

いじめ

「陰湿ないじめは日本に特有」、という意見を見聞きする事があるのですが、「陰湿では無いいじめ」、なんてあるのですかね。

そもそも「いじめ」とは何でしょう。はっきりとした尺度があるのですか。それは定量化出来るものですか。これをしたらちょっといじめ、とか、ここまでいったら酷いいじめ、とか…。

いじめとは、「された方がそう感じる」事、ではないのですか。外から観察して判断する様な現象ではないのでは。

いじめが顕在化した際、加害者(第三者も)が、「いじめられる側に原因がある」と言う場合があります(被害者が、いじめられた過去を振り返って、その様に言う場合もあります)。

当たり前です。原因など、いじめる側が「勝手」に設定するのですから。仕草が気に食わない、ものの言い方が癇に障る、容姿が嫌だ、等々。そう考える事によって、自らの行いを正当化するのです。「あいつはいじめられても仕方がないのだ。」と。

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2006年1月14日 (土)

asahi.com: 160万円を50億円超に ジェイコム20億男の投資術 - AERA発マネー - ビジネスを読んで。

先日のジェイコム株の件で、多額の利益を得た男性についての記事です。ちょっと気になった記述がありました。

投資家というと、村上ファンドの村上世彰氏のような野心満々でぎらぎらしたイメージが浮かぶが、まったく違った。色白で物静かな風貌は、街ですれ違ったとしても、スゴ腕トレーダーとはまず思わないだろう。失礼ながら、どちらかといえばニート風だ。

「どちらかといえばニート風」って何ですか。意味が全く解りません。ニートに特有の外見があるのでしょうか。

「街ですれ違ったとしても、スゴ腕トレーダーとはまず思わないだろう。」と書いていますが、街ですれ違っても、職業など解りませんよ。

この記者は、明らかに、ステレオタイプを持っていますね。

それと、この記事全体に、とてもネガティブな雰囲気を感じるのですが、私の単なる思い込みでしょうか。

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遺伝差別

中猫さんの、油小路ニュー中猫屋のエントリー、血液型性格判断のこと再びを読んで。

中猫さんは、

血液型性格判断の問題点は、人々を分類することにあるのではなく、根拠のない基準によって性格の分類をするという非科学性に加えて、科学的に特定可能でしかも遺伝的に決定済みである血液型によるいわれなき差別を支え続けているということなのです。少数派であるAB型とB型について、これまで多くの差別的発言が公然と繰り返されてきています。これは多くの差別主義に共通の、少数派の排斥という現象です。

と仰っています。

全くその通りであると考えます。

何故、血液型で性格判断をするという、差別的な事がまかり通っているのでしょう。これは推測ですが、私は、「血液型は視認出来ない」、という事が重要な因子であると考えています。例えば、「肌の色」や「瞳の色」、「髪の色」等で性格を判断する、とすれば、それは直ちに、差別であると看做されるでしょう。しかし、同じく遺伝的に決定される血液型になると、それが目に見えないが故に、差別意識を薄めてしまうのではないでしょうか。

又、中猫さんは、

血液型問題は、心理学という学問自体が取り組む、あるいは取り組むべき課題をいくつも含んでいます。科学的であるとは何を意味するのかということに始まり、性格やパーソナリティとはどのように定義されるべきなのかということ、そして、人々が根拠なき似非科学をなぜ信奉し、それがなぜに差別主義や権威主義を支えることになるのかという問題まで含んでいます。

とも仰っています。

これは、「ゲーム脳」等の、他の似非科学を考察する際にも共通する問題です。このように視座を広げると、学問全体に亘る、幅広い知識と深い認識力が必要である事が分かります。

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2006年1月13日 (金)

勉強

慶さんの、慶さんのビューティフォーDAYS内の、勉強していることは役に立つかを読んで思った事。

そうなのですよね。勉強の動機は好奇心ですね。面白いからやるのです。具体的な職業に役立つかどうかなんて、二の次なのです(仕事で必要になったから勉強する、という事を否定するものではありませんので。念の為)。勉強すればする程、知りたい事が増えてくる。勉強すればする程、自分の未熟さが自覚出来る。楽しいですね。

たまに、私が色々勉強している事に対して、「偉い」と言われる事がありますけれど、いえいえ、好きな事をやっているだけです。偉くもなんともありません。まあ、「偉い」という語に、「物好きな」というニュアンスを込めているのでしょうね。「勉強はつまらない」という認識が刷り込まれているのかも知れません。

学問を追求(追究)する事は、永久に完成しないパズルに挑戦している様なものです。

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2006年1月12日 (木)

寿司とゲームのアナロジー

学者が、「寿司が身体に与える影響」を研究する、と言って、トロだけ食べさせて、体調の変化等を記録し、その結果をもって、「寿司が身体に与える影響を解明した」と主張したら、皆さんはどう思われるでしょうか。

とても滑稽だとは思いませんか。

森昭雄氏等の研究は、これに似たものです。

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資料紹介

ゲームについて考察する際、とても参考になるサイトをご紹介します。

ゲーム研究データインデックスです。

こちらには、ゲームの影響を社会学的に検討した論文、財団法人イメージ情報科学研究所による、ゲームソフトの影響を、主に心理学・社会学の観点から考察した論文(有識者へのインタビューもあります)等のファイルがあります。

どちらも学問的に詳細に論じられており、読み応えのある内容です。

是非、ご参照下さい。

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2006年1月11日 (水)

又ゲーム脳!?

以前(⇒ゲーム脳の恐怖(4))ご紹介した、森昭雄研究所 - livedoor Blog(ブログ)、が、久しぶりに更新されました。

最新エントリー(1/11)によると、『ゲーム脳の恐怖』の著者、森昭雄氏に関する興味深い資料を手に入れられたとの事。ブログで検証されるそうなので、楽しみですね。

ついでに、

件の資料、『脳の力を高める―脳を育てる睡眠 脳を脅かす電磁波汚染』を検索してみた所、書評をされているブログを発見しました⇒たこの感想文: (書評)脳の力を高める 脳を育てる睡眠・脳を脅かす電磁波汚染

こちらのブログを読む限りでは、かなりの悪書の様ですね(勿論、私は読んでいないので、断定は出来ませんが、ゲーム脳を取り扱っているというのは事実です)。予防原則を過度に主張し、不安を煽りたてる書物、といった所でしょうか。

「安全性が確認されていない」事と、「危険性が確認された」という事は、等価ではありませんが、そこを誤って認識する人はいますね。科学的に乏しい根拠をもって、危険性を立証した、という人もいます(「ゲーム脳」はその代表です)。

因みに、電磁波の影響等については、BEMSJ電磁波健康影響講座で詳しく考察されています。ご参照下さい。

脳の力を高める―脳を育てる睡眠 脳を脅かす電磁波汚染 Book 脳の力を高める―脳を育てる睡眠 脳を脅かす電磁波汚染

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星の屑

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傑作アニメが、5.1ch化、リマスターされてリリースされるそうです。

オリジナルメインキャストで新たにアフレコしたみたいですね。

う~ん、欲しい。

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2006年1月10日 (火)

自覚

西條剛央さんの、西條剛央のブログ:構造構成主義の、「保守派筆頭」としての構造構成主義というエントリーを読みました。

学者として、真に誠実で、謙虚な態度を持っていらっしゃる、と感じました。西條さんは、

  • 相手の主張をしっかり踏まえ,その優れている点を認めた上で,それでも違和感のある箇所については,妥協せずに指摘し,さらに持論を展開する。
  • ある思想や理論の底に流れる「理路」そのものは,その「理路」さえ掴んだという感触があれば,ちゃんと議論することはできる。
  • 膨大な知識を持っていない人にしか発言権をもたせなかったりするのは,おかしい。
  • どんなに知識を持っている偉い人あっても,「1+1=3」といったら,それは基本的に「間違っている」といわねばならない。

     したがって,もし「それは2ではないでしょうか」と過ちを指摘されたのに対して,「君のいうことを聞くつもりはない!」とかキレる人は,権威主義者ではあるが,学者(研究者)ではない。
  • 学者ならば,「あ,ごめんごめん,そりゃそうだね」と認めれば良いのである。
  • 恥ずべきは,「間違えを認めようとしない頑迷な態度」に他ならない。

引用者註:上記は、引用元から抜粋したものです。接続詞を省略している所もあるので、ニュアンスが変わってしまったかもしれません。是非引用元をご参照下さい。

等、学者が須らく肝に銘じておくべき、重要な心得を表明されています。

誰しも、「自分が間違っている」とは考えたくないものです。長年かけて構築したものであれば尚更です。しかし、そこで意固地になって、「いや、自分が正しい」と頑張れば、それ以上前に進む事は出来ないでしょう。

必要なのは、「自分は果たして正しいのか」と自問し続ける事(勿論、「正しさとは何か」という問いもあるでしょう)、そして、他人の適切な指摘を受け入れる謙虚さ、ではないでしょうか。

所詮、我々は、たかが数十年しか生きる事が出来ないのです。それなのに、現場に埋没して、小さな事に拘っていたのでは、人生損をする、と思います。

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2006年1月 9日 (月)

余計なお世話

先日のジェイコム株誤発注の件で数十億の利益を得た男性に対して、マスメディア(芸能人、キャスター含む)は好き勝手な事を報道していましたね。

正確には憶えていませんが、「いつか投資に失敗する。」とか、「いつも株のことばかり考えて、気が気では無くなってしまうのではないか。」とか…。もっとあからさまに非難めいた事を言っている人もいました(ソースはありません。テレビ等の報道を基にして書いています)。

まあ、余計なお世話ですね。判明している情報は、資産が何十億もあった、とか、まだ二十代である、とか、無職である、といった事位なのに、まるで悪い事をした人に対する非難の様な事を言っていました。発言者は、「莫大な利益を稼いだ」という情報を得ただけで、その人が他に何をしているか等、知りもしないくせに、好き勝手な事を言って、あまつさえ人格を非難する様な発言までする。見苦しいものです。自分以外の人間が金を稼ぐのが嫌なのでしょうか。それとも、「楽して稼いだ」事が気に食わなかったのでしょうか。ちょっと想像すれば、100万円程度の元手を数年で何十億にもする事がとても困難であるのは、解ると思うのですが。

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2006年1月 8日 (日)

インターネットテレフォン

ソニー、Skypeで話せるUSBマウス「マウストーク」ソニー、スカイプが利用できるUSB接続型の光学式マウス「マウストーク」

これはなかなか面白いですね。「わざわざ一体化してどうするんだ。」とか、「同時に使えないじゃないか。」という声が聞こえてきそうですが。

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2006年1月 7日 (土)

脳科学的方法の考察

脳科学者が、ゲームをプレイしている人の脳の活動を計測する、という実験を行う際、たった数種類のゲームしか用いず、しかもゲームのどの様な局面であるか、という事を殆ど無視しています(森昭雄氏や川島隆太氏等の研究)。又、習熟の度合いについても余り言及しません。

例えば、ロールプレイングゲームには、基本的に、フィールド移動・戦闘・ストーリーの展開を観る、等の様々な局面があります、フィールドの移動にも、一度行った事のある場所と、初めて訪れた場所、或いは、ダンジョンで謎を解きながら探索する、といった異なる局面があります。何度も訪れた場所であれば、操作は直感的に行われ、一々細かく認知する事はありません。つまり、「慣れる」という事です。しかし、初めて来た場所では、店等の位置を憶えたり、他のキャラクターの話を聞きに行ったり、他の場所での依頼を遂行したり、等といった事をしなければならず、かなり考えなければ、先へ進む事が出来ません。又、ダンジョンでは、様々な仕掛けが施されています。それは、パズルの要素が強いもので、行き当たりばったりでは解けません(勿論ゲームによりますが)。戦闘の場面でも、いわゆる「ザコ」戦と「ボス」戦、では、局面が異なると言えます。レベルを上げる事が目的で弱い敵と戦う、という場面では、操作は殆ど自動的です。実際に自動的に戦闘を進めてくれる機能があるゲームが殆どですし、全部自分でコマンドを入力する場合(キャラクターの行動を自分で選択する場合)でも、一々確認をする事は少なく、コマンドの場所を記憶して、それをボタンの入力と直接対応させて、直感的に行います(ボタンの入力のパターンを記憶し、それを押すだけで戦闘に勝利出来る様にする)。ボス戦では、(標準的なレベルで挑んだとして。高レベルであれば、余り考えなくとも簡単に勝てる場合があります)相手の攻撃のパターンを認識し、どこでどの様なコマンドを入力するか、どの程度ダメージを受ければ回復を行うか、等の、高度な認知活動が必要とされます。プレイヤーに「優しく無い」、「シビア」なゲームでは、これが顕著です。次に、ストーリーの展開を観る、とう局面ですが、ここでは、ゲーム内のキャラクターの関係を把握したり、次の目的地のヒントを得たり、といった事を考えなければなりません(表現は、音声・文字・グラフィックの組み合わせ)。この様に、「ロールプレイングゲーム」と一口に言っても、様々な局面があります。勿論これは、他のジャンルにも当てはまります。シミュレーションゲーム等では、高度の戦略的な思考が必要とされる場面もあり、余り考えずに進めていく場面もあります。又、アドベンチャーゲームでは、小説と同様、「読む」事が必要です。情景の描写を何となく読む場面もありますし、推理を働かせて主人公の行動を選択する場面もあります。にも拘らず、研究者は、この様な論理を踏まえず、ただゲームを数十分やらせて脳波等を測定する、という事をしています。これでは、研究方法が妥当ではない、と言わざるを得ません。

次に、習熟の度合い、についてです。当たり前ですが、ゲームにも他の文化と同様、上達という現象があります。将棋等では、先ず駒の名前やルールを憶え、そして定石を学んで上達していく、という過程があります。初心の内は、どの駒がどの様な動きをするか、打ってはいけない所はどこか、等を一々考えながら進めて行きますが、ある程度慣れると、その様な事は考えず、より「良い手」を打つ事を心掛ける様になります。更に、定石という「型」を憶え、より合理的に思考を進める事が出来ます。他のゲームでもこれは同様です。パズルゲームにしてもシューティングゲームにしても、先ず、ルールを憶え、それを確認しながらプレイする、という段階から、次第に操作が直感的になります。言語的な認知から、ヴィジュアルなイメージに変化していく、とも言えるでしょう。格闘ゲーム等では、複雑なコマンドを憶える必要がありますが(上手になる為には)、初めは「えっと…、下、右下、右…」と、言語的に認識してボタンを押しますが、上達するに従って、それが単なる「指の運動」に変化します。何かの技を出そうと考えた瞬間、条件反応的に指が運動する様になります(上達するに従って、というより、この様に変化する事を「上達する」と言う、と考えた方が良いかも知れません)。勿論これは、格闘ゲームそのものを全くやった事の無い人を想定した話です、格闘ゲームに慣れている人は、「この技は波動拳コマンドだ」という指示を受けただけで、一瞬にして「上達」します。推測ですが、森昭雄氏が言う「ゲーム脳」の状態とは、この様な「上達を遂げた」人の脳の状態ではないかと考えられます。ゲームに慣れた人は、新しいゲームをプレイしても、他のゲームの経験を応用して、より短時間で適応出来た、と考えられます。従って、森氏に言わせると、「ゲーム脳」の人が新しいゲームをすると、初めはある程度脳が活発に働くが、すぐに元に戻る(即ち「ゲーム脳」)、という事になるのでしょう。一方、(森氏の言う)ノーマルな人間は、なかなかゲームに慣れる事が出来ないので、脳を最適に使っていない、と考えられます。それを森氏は、脳が活発に働いたままの状態が持続している、と解釈したのでしょう。そして、ゲーム初心者がゲームに慣れて、脳を最適に使う様になれば、その人が「ゲーム脳になった」、と言うのです。実験結果を、どの様にでも恣意的に解釈出来る、という事です。

他に挙げられる研究方法上の問題としては、無理矢理に状況を切り取って実験を行う、という事があります。ゲームに関わる活動は、ゲームをプレイしている時だけではなく、説明書を読んだり、雑誌の攻略記事をチェックしたり、他の人とゲームについて語ったり、といった、様々なものがあります、それを考察する事無く、実験室でゲームをやらせてゲームの影響云々と言うのは、やはり妥当では無いでしょう。格闘ゲームやパズルゲーム(勿論他のゲームも)では、いちいち考えていては相手に負けてしまいます。「考えないですむ」様に、ゲームをしていない時に色々と「考えている」のです。

脳(特に前頭前野)活動が活発で無い(他の部分が強力に働く)からといって、それが「良くない」、「頭を使っていない」、或いは、「優れた文化では無い」と断定出来るかどうか、という問題もあります。他の人が一々脳の全体を使って行っている事を、脳の一部分を使って短時間で出来る、という事は、脳を最適化してうまく使っている、という事も言えるからです。例えば、社会的に高い評価を得ている人(例えばノーベル賞受賞者)の脳活動を測定し、(脳科学者の言う)「良くない結果」が出たら、研究者はどの様に解釈し、説明するでしょうか。その人に対する評価が間違っている、と言うか、その人が関わる文化はレベルが低いのだ、と言うか…。そこまでいくと、ブレイン・イメージングの結果で文化の優劣を決めるという、「ブレイン・イメージング主義」と言えるかも知れません。

ここで考察した論理は、他の文化を研究する際にも当てはめられます。各文化にはどの様な局面があるか、又、各局面や習熟度(少なくとも、初級・中級・上級・達人、の様な段階に分けて研究するべきです。勿論これは、他人の「評価」です)によってどの様な脳活動の異なりが見出されるか。脳科学者は、それを対象化し、詳細に研究しなければなりません。ただそこら辺の人を集めて脳波を測り、何々は脳を活性化させる(させない)、と主張しても、科学的には何も言った事にはならないのです。

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2006年1月 6日 (金)

正しい日本語?

「正しい日本語を使いましょう。」と言う人がいます。

「自分が正しいと考えている」言葉遣いを心掛けるのは構いませんが、それにはずれる言葉遣いをする人を非難するのは頂けません。「正しさ」というものも、相対的である、という事を認識するべきです。それを忘れると、単なる押し付けになってしまいます。

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2006年1月 5日 (木)

日本語は美しい?

「日本語は美しい。」と言う人がいます。

こういう事を言う人は、本心から言っているのでしょうか。

ただ、「そんな気がする」から言っているのではないでしょうか。

誰かが「日本語は美しい。」と言っているのを聞いて、鵜呑みにしただけ、という事は無いでしょうか。

日本語と外国語を共に深く学び、それぞれの特徴を理解して、それらを比較をした上でその様に言っているのでしょうか。

「美しさ」とは何か、という事を考え、日本語がその条件を満たす、という事をしっかりと説明出来るでしょうか。

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2006年1月 4日 (水)

確信犯

自分がやっている事が「正しい」と思い込んで、他人に迷惑を掛ける人がいます。

掲示板の投稿者にも、その様な人がいます。正義感から、荒らしの投稿者にわざわざレスして、ますます板を荒らしてしまう(荒らしにとっては、「待ってました」です)。他の投稿者が注意しても、自分が正しいのだ、と譲らずに、意固地になり、どんどん状況は悪くなっていきます。

本人には悪気は無いのですが、却って事態の収拾がつかなくなります。スルーする事が一つの方法である、とは考えないのでしょうね。

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2006年1月 3日 (火)

愚痴

愚痴は、聞いている方にとっては、余り気持ちの良いものではありません。

でも、心情を吐露する事によって、心を落ち着かせる事が出来るなら、少し位我慢して聞いてあげよう、という気にもなります。相手が親しい人なら尚更ですね。嫌いな人が話す愚痴、というのは最悪ですが。

私は、何かに悩んでいる人に、こうした方が良い、とか、こうするべきだ、とか、そういうアドバイスを殆どしない人間なので(詳しい状況を知らないのに、無責任な事は言えません)、相手は、愚痴の言いがいが無いかも知れません(愚痴に同意してもらいたい、という気持ちがあるでしょうから)。その様な事を考えて、こちらが気を遣ってしまいます。

なかなか難しいものです。おっと、これも愚痴かな…。

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2006年1月 2日 (月)

マスメディアの影響

マスメディアに関わる人達は、自分達がつくったコンテンツが受け手にどの様な影響を与えるか、という事を、反省しているでしょうか。

極めて多数の人間が情報を受け取る、という事を、自覚しているでしょうか。

情報を歪曲したり、恣意的に切り取って継ぎ接ぎし、印象を操作したり、という事は無いのでしょうか。

「公共の電波」とやらを使って、差別を助長する様なコンテンツを流す事は無いでしょうか。

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2006年1月 1日 (日)

明けまして

おめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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