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2005年12月27日 (火)

ちょこっと記号論

我々は、個人がそれぞれ持っている言語の体系で、コトバを解釈します。

ある表現が、発信者の意図しない意味に取られて、拗れてしまうことがあります。

差別語に関する議論等で、その様な誤解が見られます。
「何々と言ったな、それは差別だ。」 、「いや、そんな意図はなかったのだ。」 の様に。

コミュニケーションをとる際に誤解が起きる一因として、「お互いの言語体系が一致しているという思い込み」 が挙げられます。

発信者が何気なく言ったコトバでも、受信者が重く受け止めてしまう、ということがあります。そして受信者は思うのです。「何故この人はこんな酷い事を言うのだろう」と。

言わば、受信者は、発信者の意図を離れて「勝手に」解釈するのです。

私たちは、一人一人、生きてきた環境も、時間も異なります。人間の数だけ辞書が有る様なものです。
その、それぞれの辞書の「ずれ」を認識し、お互いの理解を深めようと努力することが必要なのだと思います。
相手の意図を汲み取ること、これが肝心です。

※これは、とある掲示板に投稿した文に修正を加えたものです。

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