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2005年12月29日 (木)

操作

ゲームにおける重要な概念として、「操作」が挙げられます。

操作とは、「(機械などを)あやつって働かせること。また、自分に都合のよいようにうまく運用・処理すること。」(『広辞苑』第五版)ですが、ゲームがテレビ等のメディアと異なるのは、画面上のキャラクターや、流れてくる音声を、直接的に操作出来る、という事でしょう(その自由度は、ゲームによって異なりますが)。テレビや映画等は、基本的には、画面上に現れる映像や、聞こえてくる音声を受け取るだけです。

操作出来る対象は、パズルゲームのピースやテーブルゲームの駒、人格を与えられたキャラクター等です。この内、後者がより重要であると考えます。

ロールプレイングやシミュレーション、アクションやアドベンチャー等では、ユニークな人格をもった主人公を操り、ストーリーを進めていきます。そこでは、プレイヤーが、物語に極めて積極的に関る、という、ゲームに独特の展開が見られます。それは恰も、プレイヤーが、観客であると同時に脚本家である様なものです。自分の判断が、主人公の行動をコントロールし、物語の展開を左右する。しかし、プレイヤーは物語の全容を知っている訳ではないので、次に何が起こるか確実には解らない、というシステムです。

ゲームのこの様な特徴に注目し、研究する事は、とても重要ではないでしょうか。

私は、ゲームが、「良くも悪くも認知に大きな影響を与える可能性がある」と考えています。ゲームには、クリエイターの思想が込められており、それはプレイヤーの悩みを癒す事もあれば、それを増幅し、よりネガティヴにさせるかも知れません。ゲームの「操作性」を考えれば、他の文化より大きな影響を与える事も、可能性としてはあるでしょう。ゲームの影響云々と言う人は、(ゲームに)否定的な論者も肯定的な論者も、当該文化を正しく認識しようという努力を怠っているのではないでしょうか。

例えば、「ゲーム脳」を否定する学者の中には、どうせゲームなど、人間に大した影響など与えないのだ、という様な事を主張する人がいますが、これは、ゲームという文化を過小評価していると考えられます。ゲームは、映画や小説や音楽と同じく(それらを包含し得る)、思想を表現出来る文化です。そしてこの文化には、数え切れない程の人が関わり、創造力を発揮しているのです。その様な文化が、人間に大した影響など与えない、と主張するのは、「ゲーム脳」論等の単純な還元主義的理論を主張する事とは違う意味で、ゲームというものを正確に捉えていない、と言えるでしょう。

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