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2005年12月30日 (金)

森氏の研究に意味はあったか

「ゲーム脳」論に批判的な学者は多いですが、その中にも、「森氏の研究には意味があった。」という学者がいます。論調は、研究内容には不備があるが、研究結果を発表した事には、一般の人に問題提起を行った、という意味で、社会的な意義があったのだ、という具合です。

しかし私は、この様な意見には、到底首肯出来ません。

何故ならば、科学的妥当性を欠いた研究を行い、その結果をもって特定の文化を非難する、という事自体が、科学者としての基本的な行動規範を逸脱している、と考えるからです。

「マスメディアが騒ぎ過ぎた。」という意見を言う学者もいます。

これは確かにその通りだと考えますが、だからといって、森氏に責任が無い、という事は言えません。現に森氏は、再三、マスメディアのインタビューに答える等して、ゲーム脳論を開陳しているのです(例えば、ZAKZAK:運転士、異常行動“ゲーム脳”の特徴(リンク切れ)、携帯メールでも脳が壊れる? 拡大する“ゲーム脳”汚染ゲーム脳 神経回路の形成に影響)。

件の学者達は、この様な事情を知っていながら、「意味があった」というのでしょうか。

もしそうであるなら、科学社会学的な認識が足りない、と言えるでしょう。

※補足

私は、「意味があった」と言った事を批判している、というよりも、森氏の研究を強く非難しなかった事、を批判しているのです。例えば、「ゲームをしている人間の脳活動を、神経科学的に研究する事は意味があるけれども、森氏の研究は妥当性を欠いており、その結果を安易に新書に掲載して出版するというのは、問題である。」の様に言うべきであったと考えています。

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