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2005年12月22日 (木)

ゲームとは何か(2)

前回は、私達が日常的に「ゲーム」と呼んでいるものの定義を試みました。しかし、これだけでは充分ではありません。今回は、「ゲーム」という文化が、具体的にどの様な在り方をしているか、について考察します(以下、特に断らない限り、「ゲーム」は、「コンピュータ・ゲーム」を指します)。

ゲームには、様々なジャンルがあります。以下列挙してみましょう(コンピュータゲーム - Wikipediaより引用)。

・アクションゲーム (シューティングゲームに属さない、反射神経を求められるゲーム)

  ・対戦型格闘ゲーム (1対1で格闘するゲーム・人間のプレーヤー同士でも対戦できる)

・シューティングゲーム (ボタンを押すことで弾丸を発射、これで敵を撃破しながら進むゲーム)

  ・ファーストパーソン・シューティングゲーム (主観視点で操作する3Dシューティング)

  ・ガンシューティングゲーム (銃型コントローラーを使うシューティングゲーム)

・ロールプレイングゲーム (役割を演じるゲーム)

  ・アクションロールプレイングゲーム (RPGにアクションゲームの要素が加えられた物)

  ・シミュレーションロールプレイングゲーム (ステラジー(原文ママ)要素などが加えられたRPG)

・シミュレーションゲーム (コンピュータ上で再現された仮想空間で様々な体験をできるもの)

  ・ウォー・シミュレーションゲーム (軍隊の指揮官になるなどして、戦争を行うシミュレーション)

    ・歴史シミュレーションゲーム (実史上の出来事などを題材にしたシミュレーション)

    ・リアルタイムストラテジー (時間経過と共に状況が変化して行く中で、複数の味方に指示を出していくゲーム)

  ・経営シミュレーションゲーム (経営者となって、企業などを運営して行くゲーム)

  ・育成シミュレーションゲーム (仮想的にキャラクターや自分自身を成長させ、仮想環境との関係を築くゲーム)

・アドベンチャーゲーム (様々な謎を解き明かし、先へ進むゲーム)

  ・サウンドノベル(ビジュアルノベル)

・パズルゲーム (パズルを解くゲーム)

  ・アクションパズル (パズルゲームにリアルタイム性を持たせた物)

    ・落ち物パズル (落下するという特性でリアルタイム性を持たせたパズル・テトリスを原型とする)

・テーブルゲーム (コンピュータ)

  ・コンピュータ将棋

  ・コンピュータ囲碁

  ・コンピュータチェス

・レースゲーム

・音楽ゲーム (所定の操作をして行くと、音楽となるゲーム・楽器などを模したコントローラーが多い)

実に多数の種類が挙げられます(勿論、必ずしも峻別出来るものではありませんが)。

ゲームは、テレビと同様に、専ら光と音を媒体とするので、芸能・スポーツ・経済・軍事・政治等の、様々な文化に関する情報を伝達する事が可能です。テレビと異なるのは、一つのコンテンツ内で、人間の信号の入力に応じた結果が出力される、ということでしょう※。

※テレビで、「チャンネルを変える」という操作がありますが、これは、コンテンツを選択する操作です。又、ビデオの早送りや巻き戻しの機能は、「(広義の)ゲーム」には当てはまらないでしょう。

私は前回

「ボウリング」や「パチンコ」、「麻雀」や「将棋」、「メール」や「チャット」は、「コンピュータ・ゲーム」とは言えない、となります。

と書きましが、例えば将棋では、ディスプレイ上に盤面を表示させれば、それは「(コンピュータ)ゲーム」と認識される事になります。他のゲームも同様です※2。

※2ボウリングやパチンコのゲームは、広義の「シミュレーション(模擬)ゲーム」と言えるでしょう。対して、将棋やオセロやチェス等は、元のゲームそのもの(の媒体を換えたもの)と言う事が出来るでしょう(駒や盤は、木でも紙でも金属でも、何でも構わない。音声のみで進める事も出来る)。

この様に、「ゲーム」とは、様々な文化の要素を含む、とても複雑な文化現象である、と言えるでしょう。これは、無限の「ゲーム」が創造され得る、という事でもあります。

何度も書きますが、ゲームの悪影響を主張する論者には、この視座が決定的に欠けているのです。そもそも多様で複雑であるものを、無理矢理一括りにして(あるいは、ごく小数の例をもって)、その影響云々を論ずるのは妥当ではありません。もし「ゲーム」が悪影響を及ぼすと言うのであれば、多様な在り方をしているゲームに共通する論理※3を明らかにし、それがどの様に悪影響※4を及ぼしているか、そのメカニズムを解明しなければならないのです。

※3私は、「ゲームに何が含まれないか」を考察する事が重要であると考えています。例えば、全身的な身体運動を伴わない事、等です。勿論これは一般論ではありません。現状では比較的少ない、と言える程度です。ただ、これを基に、ゲームをやり過ぎると運動不足になる、という程度の事は言えると思います(生活の時間配分の問題なので当然です)。ですが、飛躍して、これ以上の事は言うべきではありません。

又、ゲームの特徴としては、「対象を直接的に操作出来る」という事が挙げられると思います。例えば、ゲームの世界に積極的に参加(映画等は、受動的)して、「英雄」や「支配者」を演ずることが出来ます。勿論、「大量殺戮者」でも「聖者」でも、です。この積極性というのは、小説や映画とは異なった性質と言えるかも知れません。

※4そもそも「悪影響」とは何か、という問題もあります。「ゲーム脳”派”」の人達は、脳の前頭前野の機能低下を主張します。「認知」を対象に含めている研究者は、例えば、「暴力性を高める可能性(ゲーム脳派は、前頭前野の機能低下の結果による暴力性の高まり、あるいは抑制の低下を主張します。そこに「認知」の視点は見られません)」を言います。前者は論外として、後者については良く考える必要があります。何故ならば、「暴力とは何か」という事まで考察しなければならないからです。

これは勿論、特定のジャンルのゲームをした場合に、心理学的にどの様な効果を及ぼすか、といった研究を否定するものではありません※5。寧ろ、この様な研究は、積極的に行われるべきでしょう。ただ、この様な研究を行う際、結果について安易な解釈を施すべきではないでしょう。常に、別解釈の可能性や、他の環境の影響の検討、実験環境そのものが与えるバイアス等を考慮すべきです。

※5ゲームの与える影響、についての心理学的研究としては、お茶の水女子大学の坂元章氏の社会心理学的研究が、評価出来ます。ただ、「暴力とはそもそも何か」という視座や、実験環境の与えるバイアス、他の環境の与える効果との比較、といった観点が足りない様に思われます。2006年9月24日追記:この指摘は的外れですね。坂元氏の著作を全て検討した訳では無いので、こう判断を下すのは妥当ではありませんでした。「攻撃」や「暴力」等の構成概念については、心理学的に様々な定義が為されているので、それに従って研究を進めるのは、当然の事です。定義や心理測定尺度が妥当であるかとか、それらの語が世間でどの様に使われているかという社会言語学的問題は、取り敢えずは切り離して良いと思います。ただ、研究結果を世間に公表する際には、この問題が深く関わってきますから、良く考えねばならないでしょう。

これまで、「ゲーム脳」論の妥当性から、そもそも「ゲーム」とは何か、というまで、私なりに論じてきました。概念の曖昧さや、論旨の不明確な所等はあると思います。ですが、「ゲーム」というものが、そもそも複雑で、多様な文化であるという事、そして文化を解くには、広く人文・社会科学的な考察が必要である、という私の主張には、同意して頂けると考えています。

研究者は、もっと文化の複雑性というものに目を向けるべきです。複雑なものを、必要以上に単純化せず、その複雑さを充分に認識して、研究に当たるべきではないでしょうか。

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