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2005年12月18日 (日)

ゲーム脳の恐怖(2)

A-1:「ゲーム脳」という概念の学術的定義が為されていない。

A-2:統計学的(社会調査的)妥当性に乏しい。

について、です。(森昭雄:『ゲーム脳の恐怖』,2002,第3章を参照)

本書を通読すれば解りますが、「ゲーム脳とは何々である」という明確な説明がありません。あるのは、ゲームを普段、長時間している人に現れる特有の脳波パターンに対して、「ゲーム脳タイプ」と名付ける、という記述です(78頁)。

さて、ここで問題があります。

上に「特有の」と書きましたが、ゲーム脳タイプの脳波(と名付けられたもの)が、果たして著者が言う様に、ゲームを長時間する人間に、特異的に現れるものであるか、ということです。

脳波のパターンが、脳活動を反映したものであることは当然ですが(著者が用いた脳波計が正確であったかどうか、という重要な問題はありますが)、それが果たして「テレビゲームを長時間(習慣的に)しているから」かどうかは、又別の問題です。

脳波計測の際に用いられたゲーム(おそらく「テトリス」と思われる)に対する興味、ゲームに対する慣れ、実験に協力する際の取り組み方等を考慮せずに、無理矢理短絡されている様に読み取れます。

又、実験に協力した対象を、どの様にして抽出し、得られたデータにどの様な統計学的操作を加えたか、等については、殆ど書かれていません(「多くの大学生」(72頁)としか書かれていない)、サンプルサイズなど、書かれてすらいません。

社会調査において、これらについて明記することは必須の条件ですが、本書では、この点がとても曖昧です。

仮に、(統計学的に)充分な妥当性を備えた研究によって、ある脳波と、テレビゲームをする時間との相関が見出されたとしても、テレビゲームが特有の脳活動を引き起こすメカニズムを、明らかにしなければなりません。即ち、「テレビゲーム」という文化の、どの部分が、どの様に作用し、脳の特有な活動を生み出すか、ということの因果関係を、明確に記述する必要がある、ということです。そして、その考察を進めるためには、「テレビゲームとは何か」という視座が欠かせないものとなります(このことについては、後日詳述します)。ここでは、単なる統計学的認識ではなく、広く社会科学的な認識が必要とされます。

勿論、そもそも本書で「ゲーム脳タイプ」とされる脳波が、「悪い(という言い方もおかしいですが)」脳波であるかどうか、という問題もあります。この点については、斉藤環氏等が、批判を加えています。(参考:斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖1[www.tv-game.com]

森氏を初めとした、森氏と類似の主張をする人々は、物事を単純化し、複雑な「認知」の問題を棚上げにして、結論を短絡します。彼・彼女等は、行動主義的人間観を持っているのかも知れません。

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